【シリーズ】臨界点からの反撃

「大人と子どもの今」(下)

鵜戸口哲尚

2000年 7月15日
通巻 1049号

キレる子供たちを生み出した
1980-90年代を大人はどう過ごしたのか?

■80年代の崩落

 今から振り返ると、80年代には実に多くのものが実質的に毀れて行った。特に80年代後半以降、経済が実体経済からヴーチャル経済に移行して、アイデンティティにまつわるすべてのものが膿んでいった。だが、それが顕在化してくるのは90年代である。そして、本格的に自覚化・対象化され始めるのは90年代後半である。だが、その崩落現象はとどまるところを知らない。ソ連邦の崩壊、五五年体制の崩壊も相俟って、信用・権威・制度・共同体・文化の崩落にまで及んでいる。
 80年代に毀れたものを網羅的に列挙し、その過程を綿密に検証する作業は緊要である。必ずや、その作業から共通した何かが鮮明に浮かび上がってくるはずである。
 まず、メディアが自壊した。90年代半ば以降、思い詰めて発言し始めた知識人の中には、バブル期に完全に発言を封じられていた者が多い。メディアが論壇を崩壊させ、論争を消滅させ、言論を殺害したのである。
 そればかりか、無内容な大量消費を煽る集中豪雨的な情報生産によって、何より「経験」を殺戮したのである。そして、性懲りもなく、90年代には、「市場の声」を御託宜のように持ち上げ、「速度」と「効率」をもてはやしIT革命を称揚しているのである。果たして、メディアが、第3世界・欧米の民衆の雇用の崩壊の現実と呻き声と、グローバルな貧富の格差の拡大をどれだけ伝えたであろうか。アメリカの情報配信の支配と統制に黙々と追随し、批判精神を完膚なきまでに喪失した。発想法の是非は措くとして、それが「湾岸戦争は起こらなかった」(ボードリヤール)ということの本質的意味である。A・フセインやミロシェビッチは失脚し、生死も定かではないかのような体である。
 経済学も崩壊した。世界的に大学の経済学部の不人気は蔓延したが、その一方で新古典派経済学の風靡と、彼らへの総雪崩的な転向と追随が目を覆うばかりに進んでいる。
 そこには、数理モデルと数理計算を捏ね回す、「効率」と「利益追求」があるだけで、モラルもなければ、文化もなければ、技術革新のインセンティブもなければ起業家精神もない。公共性も創造性もかけらもないのである。そこにある「人間像」は、技術革新を無条件に所与として受け入れ、ひたすら「速度」と「効率」を追求する功利的存在であって、もはや人間は「限定合理的(経済)主体」ではない。何と驕り高ぶった、かつ痩せこけた人間像であることか。彼らは今、重点をIT革命へとシフトしてきている。

■失われた10年

 IT革命の無批判な享受に依って、雇用と主体も消滅しつつある。IT技術と金融が結合すると、社会と文化と人間主体に及ぼす影響は剿滅(そうめつ)的である。現在、世界のインターネットビジネス収入の85%、ネット株の時価総額の95%をアメリカが占めている。60年代末に、アメリカ国防省が軍事用に開発したITが、冷戦体制崩壊後普及した過程は文字通り一世風靡であった。思えば米国でインターネットのビジネス利用実験が本格化したのが1994年で、基幹ネットワークの完全商用化が翌年である。
 ヴィジョンなきヴィジョンである高度情報化社会の最先端器機インターネットが内包するデフレ圧力に対する余りにも楽観的な姿勢には、戦慄を覚える。また、ペンタゴンによる商業的画像の流出の規制システムの不可視性にも慄然とするものがある。
 私は、インターネットが「先の両世界大戦時に敵通信の電波妨害が果たしたのとほぼ同じ役割を情報分野において果たす」というP・ヴィリリオの指摘に同意する。今一度、ラジオ・テレビの普及過程を振り返って見るべきだ。また、ネグロポンテが指摘する通り、情報自由化に決定的に欠落しているのは「意味」である。集中豪雨的な情報を与えられるが、情報量自体も主体化のキャパシティを越えているし、ネット航行者が諸事実を置き戻して真偽を判断する契機とすべきコンテキストが奪われているのである。情報を量と速度にものを言わせて流せば、仕掛けれるのであり、認識を狂わせれるのであり、逃げれるのである。ITは、経済的にも、認識論的にも、社会的にも恐るべき恐怖を内包している。これは、無論、子供たちにとっても事情は同じである。「速度」と「情報」と「効率」の虜となり、「学習」と「知的成熟=成長」の契機を奪われている。
 金融機関の破綻と、手を拱き費やした「失われた10年」が日本社会と、日本の国際的な位置に及ぼしたダメージは計り知れないものがある。銀行はたとえ預金残高が80兆円でも金庫に眠っている現金はせいぜい1兆円程度で、一般企業に比べると、はるかに経営基盤が脆弱である。その銀行が力を揮えたのは、国家の手厚い庇護の下、それなりに「信用」という公共性の「神話」を維持し得ていたからである。無論、実態はオイルショック以降「成長」と「規模」を維持するために業務をシフトしており国家の金融政策と結託し土地騰貴を煽りバブルを発生させたとはいえ、金融の本質は「信用」であり、そこに埋め込まれた公共性である。
 だが、不良債券処理問題でそれが真っ赤なウソであることが白日の下に晒されたのである。にもかかわらず、自らの手で自らの経営基盤である「信用」を葬り去った金融機関の経営者責任と、株主責任を問わず、政府もそれを「資本」の問題、金融政策の問題に掏り変えようとしたのである。彼らにも政府にも、97年11月の三洋証券・北海道拓銀・山一証券・徳陽シティ銀行の一連の破綻と政府によるその破綻処理が及ぼした国際的・国内的信用失墜の大きさと意味がまったく認識されていない。これは、日本の官僚行政機構と企業の現状を象徴している。
 企業は、税金を払いたくなく、できれば税金にタカり、雇用(=人件費)を削減し、効率を上げ株価をつり上げ、収益を上げたいと願っている。かつての「企業戦士」は、リストラの憂き目に遇うか、ネットワーク型の企業運営の下で、従来以上に過酷な企業奴隷の境遇を強いられるのである。しかも、企業は社会保障骨抜きを志向し、労働組合は機能的に退潮の一途をたどっている。

■剥落した大人の建前・信用・権威

 さらに、80年代には、ニュー・アカと言われる世代に主として担われた「現代思想」と呼ばれる日本特有の得体の知れぬものが登場し、ポトスモダンの思潮をバラ撒いた。
〔カット〕おしゃべりする子ども ポストモダンの思想が革命的側面を持つことは否定しきれないが、その主潮と欧米諸国での展開の違いは注視する必要があるように思われる。我が国の場合、「坊ちゃん嬢ちゃんのコトバ遊び」と揶揄されたように、状況全体に峻厳に向き合おうとせず、逆にそれを冷笑し、徹底した個人主義的足跡を残し、大量消費のイデオロギーを組み込みそれを正当化したことは否めない。それは、文字通り「闘争論」ならぬ「逃走論」だったのであり、無限に切り口を換え、反復を韜晦するその手法の軌跡は、「瞑想」ならぬ「迷走」だったのである。
 例えば、思想なり言説なり事件なりをコンテキストから切り離すという彼らの手口は先述のインターネットの特性とも酷似している。無自覚だった彼らの意図を越えて、その及ぼした弊害の大きさは、そろそろ80〜90年代の総括とともに全面的になされねればならない時期にさしかかっている。なぜなら、この時期、例えばマルクス主義も、単なる批判理論としての機能領域に、その有効性を閉じ込められてしまったからである。そして左右の対立軸が無化されつつある今、グローバリズムとナショナリズムの猛威に挟撃され、その立脚点すら危うくなりかねない趨勢である。
 大人がキレるということは、どういうことか。従来で言えば、政治テロである。しかし、「悪」が透明化し、全世界に蔓延し、その隅々まで浸透しつつあり、標的を絞れない今や、それは実質的に封じられ、無効化されている。では、他に大人がキレるということはどういうことか 暴動と反乱である。しかし、それも徹底した功利的個人主義の風靡浸透による無力感と相互不信感の蔓延のために社会的連帯を閉ざされつつあるため、困難になってきている。では、道はあるのか 横暴のかぎりを尽くす巨大資本にとって、まだ我々の存在価値はあるのか
 ある。たとえ雇用が消滅の一途を辿ろうが、我々の消費者としての存在価値は消滅しないのである。この資本にとってのアキレス腱を楯に、地域の特性に根ざした公共空間を再建し、社会的連帯を構築し直して行かねばならない。GDP比1.3倍の645兆円という第2次大戦中並みの財政赤字を抱え、世代間の断絶が深まり、80年代後半以降階級・階層間の格差が拡大しつつある今、現実を直視し立ち向かうことからしか、闘い創ることからしか、もはや世代の継承性・コミュニケーション・関係性は建て直せないのである。もはや、大人の建前・信用・権威は剥落したのである。

「グローバリズムとポストモダン」編へ続く)

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