イスラエルの南部レバノン撤退がもたらす矛盾

 和平のドアが少しづつ閉まっていく……

2000年5月5日/日本赤軍・重信房子

2000年 7月5日
通巻 1048号

★イスラエルの一方的撤退は和平の破壊


 3月下旬のアサド―クリントン首脳会議で、クリントンがイスラエルの主張を代弁する結果となってシリア―イスラエルの和平交渉再開に向けた道筋が遠のいたと言われている。4月11日訪米したバラク・イスラエル首相はクリントンと会談し、「シリアとの交渉の可能性は遠のいた」として、レバノン南部撤退問題や、パレスチナ最終地位交渉の見通しなどについて討議した。バラク首相は「7月までにレバノン南部からイスラエル軍を撤退させる」構想を示し、クリントンはそれを支持し、「我々は可能な援助を行う」と述べ、イスラエルの安全確保を財政的軍事的政治的に支援することを約束した。
 4月17日、イスラエルは国連に正式に7月7日までに、78年以来の占領地域からの撤退を通告した。
 レバノン・ホス首相は、「イスラエルの南部撤退は、レバノンの解放闘争の勝利によってもたらされたものだ。しかし、イスラエルは、道理に合わない和平への悲観主義≠作り出し一方的撤退を宣伝し、我々の勝利と、イスラエルの敗北を、あたかもイスラエルの勝利のような巧妙な移行を謀っている。国連がイスラエルの罠にはまらないよう警告する」と語っている。イスラエルの「一方的撤退」は、和平交渉の前提となるアラブ領土の返還を認めなかったイスラエル側の、地域の平和達成の放棄と自国の利害の実現の動きだと人々は警戒を強めている。
 レバノン南部占領地域からの撤退宣言は、イスラエルのシリアとの和平交渉の凍結に向かうと同時に、再びゴラン高原への200軒の入植家屋建設の許可として動き始めている(1981年に併合を国会決議したゴラン占領地には1万7000人のシリア人住民がいるが、ほぼ同数のユダヤ人が占領後入植している)。
 同時に、イスラエルは撤退に向けて、レバノン国境地帯の防壁と電子技術による軍事的防御工事を進めており、イスラエル・カイライ軍としてイスラエルと共同した南部レバノン軍のキリスト教徒軍家族にはイスラエルへの移住を勧めており、同時にアメリカの支持の下で国連軍の駐留条件の段取りを準備し始めている。
 皮肉なことに、イスラエルとの共同によって成立していた南部レバノン軍(SLA )アントーンラハド司令官は、「我々は難民としてイスラエルで生きることを拒否する。あくまでもここに住み闘う」と表明している。イスラエルと共同したために国家反逆罪に問われているSLA約2500名は、恩赦を求めるか、イスラエルの国境の防御主力軍として生き残るか、戦闘を独自に続けるか厳しい選択を迫られ、戦意は落ち、西側へ移住を始める者もいる(イスラエル内のキリスト教徒はSLA の移住計画にも反対している)。


★新たな緊張の高まり

 他にも問題がある。国連決議425による78年占領地域からの撤退は、レバノンが67年戦争で占領された地域、ヘルモン山斜面の肥沃なシャバー農地は含まれておらず、包括的和平による領土問題が解決しない限り、南部の解放闘争は継続される、と国会議長ナビーハベリ(シーア派アマルのリーダー)も明言している。
 イスラエルの一方的撤退計画は、第1に、レバノン、シリアを含む中東和平の包括的合意をどう再開していくのか?第2に、イスラエルの兵力の撤退後の空白地帯をどう解決するのか?第3に、レバノンに滞在するパレスチナ難民問題をどうするのか? など、大きな問題を浮き彫りにし、緊張を逆に高める結果を作っている。 
 レバノンはこれまで、包括的和平合意に基づいて、第1に国連決議425のイスラエルの無条件撤退、第2に35万人のパレスチナ難民の帰還の権利、第3に過去のイスラエルの破壊行為の補償を求める立場をとっていた。和平合意なきイスラエルの一方的撤退に伴って、イスラエルと呼応するアメリカは、イスラエルの兵力の撤退後の空白地帯に国連の常駐と解放勢力の軍事存在の規制、武装放棄、南部地域のキリスト教徒に対する安全確保を求めており、レバノンに駐留するシリア軍の同時的撤退を求める動きも出始めている。


★パレスチナ難民帰還問題

 レバノン政府は、未解決なパレスチナ難民帰還問題についてのイスラエルの責任を求めつつ、国連軍の常駐化によって、パレスチナ問題が未解決のままレバノンに放置されることを恐れている(イスラエル、アメリカの構想はイスラエル内パレスチナ人口の抑制にあり、パレスチナ難民がその住んでいるアラブの地で国籍取得し、同化することによって難民問題を解決することを描いており、アラブ諸国は反対している)。
 こうした問題が解決されない以上、レバノン政府もレバノン国境地帯からのパレスチナ解放勢力をも含むレバノン武装勢力の闘いの正当性を否定できない。イスラエルは、「撤退後も攻撃があれば、不退転にレバノンを攻撃する」と宣言しており、イスラエルは撤退によって兵士の被害を減らしながら、逆にフリーハンドを得てレバノンへの攻撃は引き続き強化するだろう。そうなれば、イスラエル軍撤退後の解放勢力の武装存在は、レバノン内の矛盾に転化していく要素でもある。それらは包括的和平交渉の進展抜きには解決できない点である。
 イスラエルは、一方的撤退準備と軍事攻撃を同時に進めつつ、シリア軍の撤退の声を高め、、神の党など武装勢力の解体を求め、経済的国家再建の途上にあるレバノン、シリアへのプレッシャーと、シリア・レバノン分断を謀っている。
 解放勢力は、引き続き和平と撤退を求めて武装攻撃を続けており、イスラエルの空爆は五月上旬の現在、激しさを増している。攻撃は再び停戦違反の民間施設である発電所を破壊し、新たに、シリアとレバノンを結ぶダマスカス街道沿いのシリア軍駐屯地区の近辺に空爆を加え、戦争を挑発している。


★「和平への悲観主義」をふりまくイスラエル

 他方、パレスチナとイスラエルの交渉も暗礁に乗り上げ、交渉をめぐって、クリントンとアラファト会談が持たれた。最終地位交渉は、エルサレムの帰属や難民帰還問題などをめぐって難航しており、目標とする9月半ばまでの最終合意が危うい状況にある。米政府高官は双方の要請を受けて、米国のより強力な仲介を約束している。
 しかし、パレスチナ和平交渉を語る一方で、ヨルダン川西岸やガザのパレスチナ地域に入植者家屋が拡大している。ベツレヘム南部においても「アラブ所有者から22年前に買った土地だ」と入植者が政府の許可なしに350の新たな家の建設を進め、それを阻止するイスラエル左派のピースナウ運動は「新たな入植は戦争行為だ」と入植者と対決している。
 ピースナウ運動の調査によると、ヨルダン川西岸地区とガザ地区に150以上の入植地があって約18万人のユダヤ人入植者が生活しており、最近に7120のユダヤ人の家が建てられたと告発している。そうした一方で、半世紀近くの間、難民待遇でアラブの各地に留まっているパレスチナ人の帰還の権利はパレスチナ問題の最大の問題としてありながら、何も解決されていないまま残されている。
 譲歩なき和平を求めるバラク政権の和平と軍事の攻勢ゲームは、かつて労働党ラビン政権が示した全占領地返還の原則にたち戻るまで、シリアとの交渉においても、パレスチナとの交渉においても矛盾を解決できないだろう。「和平への悲観主義」を振りまくことによって、イスラエルの安全とイスラエルの占領地域を維持しようとするバラク政権の思惑に、「和平の扉が少しづつ閉まっていく」と、パレスチナ人もレバノン人も和平への希望を抱きながら懸念を示している。


 3月17日の4同志追放拉致送還と、3月20日岡本同志政治亡命許可釈放の新たな動きに対し、支援運動は4同志追放抗議の継続と、岡本同志の生活支援体制を継続的に連帯の闘いとして継続している。「4同志の政治亡命を実現できなくて申し訳ない」。一様にどの人々も謝罪の挨拶を送ってくる。お礼を言わなければならないのは、こちらの方ではないか。
 3月のまだ寒い雨の中、連日徹夜のハンガーストライキの座り込みで亡命を求めて闘ってくれたレバノンの学生たち、抗議のデモで傷ついた友人たち、テレビの亡命を求める電話アンケートで97.8%のイエス投票をしてくれた一般の市民のみなさん、みんなありがとう。
 日本とアラブに5同志を分断したことが逆に、エネルギーを拡大し、日本とアラブの人民連帯を確実に育てている。アラブの連帯に甘えることなく、問われているのは、私達自身だ、とあらためて役割を捉え返している。

 

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