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更新日:2007/06/02(土)

[コラム] 米国民が銃を手放さない理由/平船芳郎

アメリカ「抵抗の500年」は今も進行中

今回のバージニア工科大学での銃乱射事件で、改めて「銃社会」である米国社会が取りざたされている。例えば、小熊英二氏(慶応大教授)は次のように指摘する。「日本では豊臣秀吉の刀狩り以後、武器は政府の軍隊や警察が独占してきました。しかし米国では開拓村の市民各自が武器を持ち民兵として独立戦争を戦った。この条項(合州国憲法修正第二条)はその歴史の産物です。…(中略)…銃を規制すべきとの意見は多いのですが、米国の基本理念の人民の権利と自由の解釈にかかわるので、難しい問題になっています」(「朝日」四月一九日付)。

でも待てよ。人民が武器を持つって誰に向かって持つのだ?…独立戦争の時の英国軍か? 権力を極大化し、人民の権利を奪い続けている連邦政府に向かってか?「開拓村の市民各自が武器を持ち」っていうのは、夜な夜な襲ってくるオオカミやコヨーテたちを追い払うためだったか?…どうもボクたちは、合州国の「建国神話」や「フロンティア精神」なるものにすっかり酔わされてしまっていないか?

暴論を承知で、あえてはっきり言おう。米国民が銃を手放さないのは、「米国民ではない者」を殺すためだ。米国民は実際に「米国民ではない者」を殺し続けてきた歴史があり、その歴史を克服することができないが故に、未だに銃を手放すことができない。

「米国民ではない者」とは言うまでもない。アメリカ先住民と黒人奴隷だ。「開拓民」たちは、先住民の地を侵略し、占領し、先住民との間で取り交わした約束を守るどころか、詐欺とペテンにかけ続け、収奪と殺戮を繰り返してきた。彼らが言うところの「開拓」や「フロンティア」が全く平和的でなかったことは、いまや米国内に先住民がほとんどいないという事実が示している。

「開拓民」にとって、先住民を追い払い、その地を占領し、そして反撃してくる者たちを殺して、自らの身を守ることは当然のことだった。何故なら、「開拓民」にとって、先住民は人間ではなかったからだ。そう、彼らにとっては先住民もオオカミもコヨーテも同じだった。だから「ライフル」なのだ。

この合州国の「フロンティアの歴史」が現在の米国社会にどのような影を落としているか、私たちはついつい見過ごしてしまう。米国社会が全くのアパルトヘイト社会だったことすら遠い過去のことのような…。しかし、このとんでもない負の遺産が、米国社会のあり方と人々のメンタリティに大きな歪みをもたらしているのは間違いない。米国社会は、自らの歴史を克服しない限り、銃社会を変えられない。なぜなら、「敵から身を守るのは人民の権利」じゃないか?

だから「テロリストから米国民を守るため」「アメリカがより安全になるため」なら、アフガニスタンやイラク、パレスチナの人々が何千人いや何万人殺されようがかまわない、という社会ができあがってしまっている。そして米国民の多くは、ブッシュを支持するだけでなく、自ら銃を構える。実際には、ハローウィンの子どもたちにライフルをぶっ放し、街の黒人やチカーノ(メキシコ系移民)を殺すだけだったりする。

銃によって作られた社会は、今もそして今後も銃によって復讐されることになる。少し前に知った歌でこんなのがあった。「何百万人も殺したのだから 次はあなたが死ぬ番よ ジェノサイド作戦なんてもう正当化できないわ くたばれ カウボーイ野郎 くたばれ…」(Quetzal =チカーノのバンド、"You must die")

アメリカ大陸をめぐる「抵抗の五〇〇年」は、実は米国内においても違う形ではあるが進行しているようだ。そして、我々はどちらなのか?歴史をつかみ直すことが問われている。

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