去る五月二七日、神奈川県警は、私(魚本民子)に二一年前の仮名による銀行口座開設の容疑で逮捕状を出し、国際手配をしました。この当局の動きに連動して、五月三一日と六月一日、NHKスペシャルが「よど号と拉致」番組を放映し、続いて六月一二日、テレビ朝日がJチャン・スクープで八尾恵の「告発」なるものを放映しました。
私は、府立旭高校(大阪)在学時に反安保、反戦平和の闘いに立ち上がった時から「よど号の妻」と言われる今日まで、一貫して日本の自主と民主、平和のために闘ってきただけで、今回の逮捕状と「拉致」攻撃をいわれのない不当なものだと思っています。
私はこの政府・警察・マスコミが一体となった「拉致」攻撃を弾劾するとともに、この三者の真の狙いが何にあるのかを探っていきたいと思います。
@何のための逮捕なのか
私に逮捕状が出たことを聞いて、私はあまりのことに驚いてしまいました。それは、二一年前の問題を取り上げての逮捕状だったからです。
日本には「時効」という法制度があります。どんなに重大な事件でも、事件が発生してから最高一五年の歳月が経過し、なおかつ真相を究明できなかったならば、その事件はたとえ捜査途中であっても捜査を終えなければなりません。それほど時間の経緯、歳月の経過が、事件の真相究明に重要な位置を占めるということです。
しかも、「偽名で銀行口座を作った」として逮捕された人がこれまでいたでしょうか?そこから考えて見ても、事の真相究明に当たろうとしての逮捕状でないことだけは明らかです。
神奈川県警は、有印私文書偽造、同行使の容疑で私に逮捕状を出しながら、「国内潜伏の事実」、不審な「口座の利用目的」引いては「拉致の疑い」について捜査を進めると発表しました。
当時、私は日本国政府が発行した自分のパスポートで帰国し、本名でアパートを借り、就職もしていました。私は、私たちの全員帰国のために努力し、一日本人として、人目を忍ぶことなく普通に生活し活動していました。それがどうして報道機関が報じるような「国内潜入」や「国内潜伏」となるのでしょうか。それを「潜入」や「潜伏」と表現すること自体、まったく不当なことだと思います。
当時、神奈川県警もまた、私を犯罪者扱いして徹底した捜査を行いました。神奈川県警は露骨な尾行と張り込み、過度な聞き込み捜査を一ヶ月以上も続け、その結果、私は生活を脅かされ、ついに会社を辞めざるを得ませんでした。
それほどの捜査をしたのですから、神奈川県警は口座がわずかな生活資金の出し入れのために利用されていたという事実、「拉致」がなかった事実を誰よりもよく知っているはずです。にもかかわらず政府と県警は、二一年前の「偽名による銀行口座開設」という問題にもならない問題を取り出し逮捕状を出したのです。
そして、逮捕状が出されてから二週間後の六月九日、自民党部会で難航していた朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)への経済制裁が、首相の判断でなされる、という改正法案がすんなりと可決される運びになりました。
ここに、私に逮捕状が出された真の狙いがあったようです。政府と警察当局は、私の逮捕状騒動をデッチ上げることによって、あたかも工作資金運用に銀行口座が使われたかのような印象をつくり、無関係な拉致問題と結び付けて、「よど号=朝鮮脅威」の風潮を煽り、朝鮮にたいする送金停止などの経済制裁、朝鮮戦争準備を着々と押し進めたのです。それは、何の問題もない私にとってみれば、政府と警察当局が一体となって作りだした「陰謀」としかいえません。
A「拉致」報道の狙い
私はまだ、テレビ朝日の番組を見ていないので、NHKスペシャルの「よど号と拉致」報道についてしか言えませんが、それは観ている人々に重くて暗い陰うつな感情を抱かせるように作られており、その主な「悪」の主人公が私だということでした。
NHKは私が八〇年夏、名古屋で知り合った男性と一緒にヨーロッパに出国した直後に彼の母親から「息子が行方不明」と電話があった事実だけを伝え、あたかも「拉致」があったかのように描いています。「拉致」とは無理やり連れ去ることであり、本人自らが行きたいというのは「拉致」ではありません。私はその男性が「朝鮮に一度行ってみたい」という希望をもっていたので、それを助けただけで、彼は出国一ヶ月半後に日本に帰国しています。母親が電話をしてきたのですから、NHKは彼が誰であり、今日本で生活していることを知っているはずです。
また、メキシコでの「拉致」疑惑は、「八尾証言」で有本恵子さんを「マーケティング・リサーチ」の口実で海外に連れだしたという同じ手口で、私も「拉致」をしたかのように描いていました。しかし私は、実際にメキシコでマーケティング・リサーチをしていたので、友人たちにメキシコの主な商品・民芸品を教えてもらっていただけです。それを口実に人を海外に連れ出そうなど一切していません。
NHKはさらに、私たちが朝鮮の特殊機関の大物工作員「キム・ユーチョル」の支配下で動いているとしました。確かに私たちは朝鮮の出入国時に、朝鮮の外交官の助けを受けはしましたが、朝鮮の指示と命令のもとで動いた覚えは一切ありません。私たちは誰かの指示で動いているのでなく、ただ、日本人として日本のために活動しているのであり、「日本の地で生き、活動したい」と全員帰国のために努力しているだけです。
NHKは「拉致」がなかったことを知りながらも、私が「拉致」工作を朝鮮の国家機構に組み込まれてやったように放映しました。
今回、NHKが警察当局の逮捕状騒動とリンクさせて私のことを取り出したのは、「朝鮮、よど号、拉致」という構図に信憑性を与え、「朝鮮脅威」をいっそう煽り、アメリカの朝鮮戦争協力に向けた国内世論、体制を構築するところに目的があったと思います。それは、「拉致」事実がないにもかかわらず、「拉致」があったかのように現実を一つ一つ巧妙にすり替えた報道における政府、警察、マスコミ一体となった「陰謀」でした。
B朝鮮戦争への危険な兆候
今までも、幾度となく政府と警察当局は、「朝鮮敵視」の風潮を煽り、国内のファッショと軍国化を押し進める度に、私たちを引きずりだし悪用してきました。その都度、私たちは身に覚えのない不当な攻撃、弾圧を加えられてきました。しかし、今日のこの攻撃はかつてのそれよりさらに危険で抜き差しならぬものとなっているように思います。
それは、何の問題もないのに問題があるかのように逮捕状を出し、「拉致」報道するその強硬な「陰謀」の姿勢に、政府・警察・マスコミ一体となった朝鮮戦争準備に向けたただならぬ企図を見るからです。
先のアメリカによるイラク戦争においても、まずアメリカが行ったことは、イラク侵攻に正当性を与える国際世論の醸成にありました。
アメリカは、イラクを「テロ」国家と決めつけ、「大量破壊兵器と生物・化学兵器の開発・保有」を行うフセイン政権の危険性を国際社会に訴え続け、ついに国連決議も無視したイラクにたいする先制攻撃を強行しました。しかし、戦争が終結して二ケ月経つ今日においても、武力侵攻の大義であった大量破壊兵器や生物・化学兵器の開発・保有が未だ発見されていず、今後、発見される見通しもほぼないだろうと言われています。今に至って、戦争に賛同した人々の中からさえも、「侵攻以前にアメリカが流したあの大量の情報は一体何であったのか」という疑問の声が多く聞かれるようになっています。
帝国主義による戦争は「ウソ」から始められ、「謀略」によって開戦の運びになりますが、特に、現代の戦争は巧みにメディアを利用する「情報戦」であると言われています。まさに帝国主義による現代戦は、大量のメディアを駆使して無いものを有るかのように言い繕い、危険でない国を危険な国と印象づけるところから作られていきます。それは、今日の「朝鮮脅威」の世論づくりが朝鮮戦争のための前哨戦であるようにです。
この数ヶ月、連日、「マンギョンボン号によるミサイル部品の密輸」「朝鮮籍船舶の不備」「拉致問題」「核開発問題」などと朝鮮に対するバッシング報道が絶えることなく、人々の反朝鮮感情はかつてなく高められています。
そして、それと軌を一にしてなされた私への逮捕状騒動と「拉致」報道のこの「陰謀」の現実は、差し迫った朝鮮戦争への危険を知らせてくれています。
私は何も問題もないのに問題をデッチあげる政府、警察、マスコミに対して著しい人権侵害だとして闘っていくと同時に、このデッチ上げの策略が朝鮮戦争に向けた「陰謀」であることを広く訴え、日本の皆様とともに日本の自主と平和を守り続けていきたいと思っています。私は自らにかけられた政府、警察、マスコミと一体となった「陰謀」と最後まで断固闘っていく所存です。
読者諸氏のご理解とご支援を望んでやみません。
「かりの会」魚本民子
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