カンボジアからの手紙(3)

「弱肉強食」っていう、圧倒的かつ
絶対的な現実を忘れてたわ
  〜ボランティアで飛び込んだカンボジア近況報告

2003年 2月15日
通巻 1135号

「女はどうや。薬はどうや」
プノンペンのタクシー運ちゃん

◆某月某日
 プノンペンも今日で5日目、観光スポットらしきもんは殆ど見てしまい、しかも「ここええなあー、落ち着けるなー」ってとこに限って有料だったりします。ちなみにキリングフィールド(ポルポト時代の処刑場跡、9000個もの頭蓋骨が見られるそうです)へは行ってません。頭蓋骨の山はもうお腹一杯ですし。時々思いますが、1日のうちにトゥールスレーン虐殺博物館とキリングフィールドなんか行ったりすると、間違いなくもう2度とプノンペンに来たくなくなります。そんなわけで最近は中央市場の辺りをぶらぶら散歩するのが日課になってます。で、例によって僕に声をかけてくるのは、バイクタクシーの運ちゃんたち。まずは昨日の話から。
 「乗ってかないかー?」「いや、ええわー」とまあ、普通なら大体これで終わるのだが、なかには前にも書いたような麻薬や女を勧めてくる奴もいる。このおっさんも横に来て、「女はどうや。薬はどうや」、とか言い始める。とりあえず相手すんのがめんどくさかったので、「俺金ないねん」とか言うと、このおっさんすかさず、「大丈夫!薬は高いのから安いのまで色々持ってるし、それにほら、このバイクに積んでるから今すぐでもOKだぜ」って…。
 ちょっと待てオヤジ。そんなもんバイクに積んで走るな。しかも上から並まで各種とりそろえるな。昼間っからこんな面白いボケかましてくれるおっさんに免じて、「ちょっとこれに乗るか」って気になりました。
 「行き先は、麻薬取締局でな」とにかく女も薬もいらんことを伝える。
 「じゃあよ、スモールな女はどうだ?13歳からいるぞ。カンボジア人もベトナム人もいるぞ。どうだ?」…昼間っからこんなヘビーなボケかましてくれるおっさんに免じて、本当にこれに乗るかって気になりました。
 「行き先は特別警察でな」
 昨日はそんなことがあり、結構体に毒がたまってたのですが、今日は昼間曇り空(晴れてると暑すぎる)で、適度に風があり、とても良い散歩日和でした。この時点で不快指数は0%、いい感じでぶらぶらします。
 「へい兄ちゃん女どう?」不快指数30%。
 「女いるか?」と付きまとわれる。不快指数60%。
 日本語で「女の人いりますか?」不快指数90%。
 昨日の奴に会う。「ヘイ今日は…」無視。不快指数120%。
 不機嫌になりつつ歩いているとまた昨日の奴に会う。
 「俺のこと覚えてないのかい?今日は…」不快指数MAX(心の中で何かがはじける音がする)!
 「あー知ってる知ってる!でも何もいらん!」
 1人旅というのはやはり危険がつきものだと思います。まあ、一口に危険といっても色々と種類があるのですが、今は僕自身が危険な存在になってます。と、ヒマなんで、ちょっとブラックテイストな近況報告書いてみました。ではまた。

「ここは社会主義の国なんか?」
ヨーロッパとアジアが混在するサイゴン

◆某月某日
 最近ずっと安宿暮らしで、段々何かが擦り減っていってるように感じてました。その状態のまま、陸路でここサイゴンに来ました。最初はちょっと出歩いてみたりしたものの、あまり気乗りせず、結局は公園でボーっとしたり、カフェでアイスコーヒー飲みつつ本読んでたりと、そんな毎日です。世の中なめきった、何とも優雅な生活です。今週中にビザとって、カンボジアに戻る予定です。
 サイゴンという街自体は、プノンペンよりはずっと発展していて、ヨーロッパ風の洒落た建物が多く、その軒先にはフォー(ベトナムうどん)や生春巻の屋台が並んでいます。きれいに整備された並木道を、梅田の東通商店街の人通りにも引けを取らない程沢山のバイク(50tか80tのスクーター型)が走り、ヨーロッパ的なものとアジア的なものが混ざりあい、マニラやプノンペンには無い、独特の雰囲気です。食い物もまずくないです。フォーや生春巻といった、ベトナム料理もうまいです。ドクダミのような匂いのする香草がよく使われているのには、少々閉口してますが。
 沢山の物が溢れ返り、ネオンが光り輝き、ユーロビートがそこらじゅうに溢れているこの街を歩くと、「本当にここは社会主義の国なんか?」って思います。もちろん何主義の国だろうが、ネオンがあってもいいし、ユーロビートが流れててもおかしくないと思うけど。
 ここが観光地として人気があるってのも、何となくわかるような気がします。僕が中心街にいるってのもありますが、シーズンオフにも関わらず、日本人や欧米人が掃いて捨てるほどいます。でも、なぜか黒人は全く見かけません。アメリカ人も沢山いるようですが、不思議と白人ばっかりです。なんで黒人のバックパッカーっていないんでしょう?

「行ったもん勝ち!」交差点の風景
 ちなみにマニラでもプノンペンでも、ここサイゴンでもそうですが、信号のある交差点というのは、とても少ないです。そういう所では、基本的に「行ったもん勝ち」というのが唯一のルールです。サイゴンほどバイクが多いと、交差点の風景というのも面白いです。大体一方の道路がスムーズに流れはじめて(日本でいえばその方向の信号が青になっている状態)、しばらくするともう一方がその流れのわずかな隙を見つけては脇腹を突くように10pか20pずつくらいの感じで、じりじりと少しずつ前進していきます。そうやって少しずつ拠点をつくり(後ろが詰まっているのでバックはできない、というか出来る状態でもしなさそう)、交差点の中に入っていきます。しばらくすると、相手の進路が段々と遮られて流れが切れていき、じりじりと前進した方が堰を切ったように、わっと流れ出します。で、流れを切られた方もまた同じことをやります。すごくエネルギッシュで、見てて面白いです。

「愛は地球を救う」的なキレイ事
 あるガイドブックの中に、ベトナムのことを「おもちゃ箱のような雰囲気」の国だと形容した文章があったんですが、サイゴンを見てると確かにそんな感じがします。僕自身はおもちゃ箱も好きですが、「パンドラの箱のような雰囲気」だったマニラと比べると、「今いち味気ないなー」という感じがします。もちろん、サイゴンも住んでみればパンドラの箱のような街かもしれませんが。
 日本を出てかれこれ2ヶ月、何かしっくりこないもんがあって、訳もなく気分の重い日や眠れない日が多かったんですが、ようやくしっくりこなかったものの正体も見えて、馴染める手がかりがつかめた感じがします。「やっぱり何年も日本にいて、色々なまってたんやなー」ってつくづく思いました。
 貧しい国ってのは、基本的に弱肉強食です。そんなことはマニラで散々叩き込まれたはずなのに、喉もと過ぎればナントやらで、僕もいつの間にか「愛は地球を救う」的なキレイ事に毒されてました。まず「弱肉強食」っていう圧倒的かつ絶対的な現実があり、淘汰し淘汰される中で泥まみれになっていく。日本人として生まれたおかげで、僕自身その渦中に放り込まれることはなかったと思いますが、現実ってそういうもんだな、って改めて感じました。結局プラスがあれば必ずマイナスがあるわけで、マイナスを見ないでプラスを考えてみたところで、何の意味も無いんですよね。マイナスを己の体にたたき込んだ上で、プラスを思わなきゃいけないのに、いつの間にか僕にもマイナスを見たくない、見ないでおこう、無視しようとする気持ちができていたんだなって感じます。
 大体が弱肉強食の世界の中で、日本人である自分なんぞ、「丸々と太ったあげくネギしょって来たカモ」という立場からのスタートになるんやから、まずそこから突破していかんとどうにもならない、ってことを忘れてました。そんなわけで、久しく忘れていた緊張感が段々復活してきています。ちなみに体の方は、鈍感なのか環境が変わることに慣れているのか、いたって健康です。

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