無差別自爆攻撃者を産みだす暗黒の泉は、
軍隊による抑圧である
またもや無差別自爆攻撃が南テルアビブであって、多くの市民が死傷した。無差別自爆攻撃自体は、いかなる大義のもとでおこなわれようとも、非難されるべきである。しかしそれは、イスラエル国家とイスラエルの軍事支配に抵抗するパレスチナ人との闘いには、軍事的解決があり得ないことを証明するものでもある。
2002年4月、いわゆる「防衛の盾作戦」に関し、当時陸軍参謀本部長で現在防衛大臣であるモファズは、「2ヵ月間パレスチナを軍事支配すれば、テロを根絶できる」と豪語した。それ以来イスラエル軍は、半年以上にわたってパレスチナの町や村を占領・支配し、好き放題な「予防的措置」を行ってきた。閉鎖、包囲、外出禁止を長期間実施し、住民を餓死寸前に追いやった。夜な夜な村や町を襲い、殺戮・逮捕・拘禁・住居破壊を行った。裁判なしで拘留(「行政留置」と呼ぶ)される人々、家屋を破壊されてホームレスとなった人々、イスラエル兵の気まぐれな射撃の的となったり、「逃げようとした」ことを理由に撃たれて死んだ人々(「テロ容疑者」とされる)、理由もなく殺された幼児、子ども、妊婦、老人(「すべて「偶発事故」「副次的事故」として片付けられる)―こういう苛酷な支配・抑圧は、結局パレスチナ人の抵抗を抑えることができなかった。その反対に、パレスチナ人の中に憎しみを増幅させるばかりであった。憎悪と絶望が自爆攻撃の動機となっていることを理解すべきだ。無差別自爆攻撃者を産みだす暗黒の泉は、軍隊による抑圧であることを理解すべきだ。その泉を枯らすのは、平和的な交渉の再開と占領の終結のみである。
昨日の無差別自爆攻撃の犠牲者の多くは、南テルアビブのスラム住民である移民労働者であった。死んだ人たちはブルガリア人、ルーマニア人、ガーナ人。そして怪我をした人たちは、貧しい第3世界からやってきた人たちであった。これらの人々は、悪名高い移民警察を恐れて、病院へも行かない。イスラエル社会の人種差別と搾取の犠牲者である彼らが、同じくイスラエルの犠牲者であるパレスチナ人の自爆攻撃の被害者になったのは、大きな歴史的皮肉であり、悲劇である。
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