50万人のデモというのを想像できるだろうか?1月18日、「イラクへ戦争を止める最後のチャンス」だとして、ANSWER(Act Now to Stop War & End Rasism=戦争と人種差別に反対する市民連合)が、全米と世界に向けて呼びかけたワシントンデモに参加した。主催者発表で50万人が参加した抗議集会とデモは、予想を超える熱気と規模であった(ただし実際の数字は誰にもわかっていない。まさに数えきれないのである。ちなみに地元警察署長は、「昨年10月の反戦集会参加者数を明らかに上回っているので、10万人は超えているだろう。こんな大規模なデモは、ベトナム反戦以来最大規模だ」とコメントしている)。
身動きもままならないほど密集したデモが、道路いっぱいに広がる。その列は延々と続き、先頭も最後尾も見えない。見渡す限り、色とりどりのプラカードと工夫を凝らしたパフォーマンスで、連邦議会議事堂からデモの目的地である海軍造船所までの道は埋め尽くされた。
(特派員・山田)
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連邦議会前広場を埋める50万人の抗議集会! |
見渡す限り続く旗とプラカードの波!
「イラクを攻撃する必要なんて、まったくないんだ」と、フレッドさんは断言する。フレッドさんは、57才の退役軍人。シカゴから仲間と4人で12時間車を運転し、ワシントンデモに参加した。「サダム・フセインは、ひどい独裁者だが、国連査察で彼の暴走は十分止められるんだ。でもブッシュは戦争を仕掛けようとしている。必要のない戦争に動員されるのは、まっぴらだ」と語った。
この日ワシントンは、零下8度。前夜降った雪が突風に舞いあがる。風が本当に冷たく、手袋を用意してこなかった私は、カメラを持つ手が3分で動かなくなった。こんな凍てつく朝、8時頃からプラカードを持って近くにあるホワイトハウス詣でをしてから会場に集まってきた人もいる。厚手のコート、スキーマスクやレッグウォーマーなどの防寒着を身にまとい、リュックに入れた熱いスープやコーヒーで体を暖めていた。
集会会場は、首都ドームと独立記念塔の間の首都広場だ。連邦議会議事堂があり、近くにホワイトハウスもある。まさに権力の中枢であり、アメリカを象徴する場所である。
10時にもなるとさらに人が増え始め、若者グループが打ち鳴らすドラムで、踊り始めている人も。集会開始の11時には、ステージの周辺100メートルほどは、身動きできないほど密集した人だかりとなり、主催者が開会を告げると、会場から怒涛のような歓声があがり、集会は始まった。(私は、メディア席で最前列にいたのだが、見渡す限り人また人で、最後尾を判別することができないくらいだった)
この集会を主催したANSWERは、9・11攻撃の3日後に結成された。ブッシュが、反テロを口実に戦争体制に突入することに反対し、200以上の市民団体が連合したのだ。「反戦運動は、9・11以降まったく新しい段階に入っています」とANSWERのスポークスパーソンであるトニー・マーフィーは語る。「今私たちは、実際に戦争を止めるための方法を真剣に討議しています。それは決して絶望的なことではなく、可能なことなのです」
市民連合であるANSWERは、戦争反対で一致できるあらゆる市民団体が集まり、1年をかけて支持と組織を広げてきた。昨年10月26日には、同じワシントンで10万人集会を成功させ(サンフランシスコでも同規模の集会が行われ、全米で100万人が参加したと言われている)、今回もサンフランシスコをはじめ、全米各地域・全世界に反戦行動を呼びかけた。
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ジョン・バエズは歌の前に熱烈な
アジテーションを行った |
石油のために血を流すのはまっぴらだ!
集会は、アピールの間に音楽が入り、またアピールが続く。あらゆる階層・運動体の代表者が演壇にあがった。全米労働組合のナショナルセンターであるAFL―CIO・黒人解放運動・イスラム社会の代表・女性・青年などなど。カイロ・フィリッピン・コロンビアほか海外からのアピールにも熱い声援が寄せられた。どの演説も力強く、ある種のリズムを持って語るので、ラップ音楽のように耳に入りやすい。
「ブッシュはテロと戦っているのか?」「No!」
「じゃあ何の為のイラク攻撃なのか?」「For Oil(石油のためだ)!」
演説者と聴衆との間で、こんなやりとりがテンポよく繰り広げられる。
ちなみに、登壇した主な人を掲げると、黒人解放運動家=ジェシー・ジャクソン、市民運動の大御所=トニー・シンプトン、歌手のジョン・バエズ、俳優のジェシカ・ランゲ、ティマ・ダリーなど。なかでも最も参加者をひきつけたのが、ジェシー・ジャクソン牧師だろう。彼が登壇すると大歓声があがり、話し始めると会場は静まりかえって聞き入り、最後はジャクソン氏と会場が一体となって、「我々が欲してるのは平和であり、危惧しているのは戦争だ。戦争に使う予算を社会福祉に!」などのスローガンを叫び、大歓声のうちに彼は降壇した(発言内容は次号で紹介予定)。
往年のジョーン・バエズも、元気だ。司会者から紹介されて登壇すると、帽子と上着を脱ぎ捨て、叫ぶようなアジテーションを行って、「People has Power」を歌い放った。
「寒さなんてどうってことない!」
「本当にたくさんの人がブッシュの戦争政策に危機感を持っているんです。だからどんなに遠くてもここに来て、反対の意志を表明したかったのです」こう語るブライアン・ハリソンさん(21才)は、テキサス大学の学生。27時間バスに揺られて、ヒューストンからやってきたそうだ。「こんな寒さは生まれて初めてだ」という彼は、「今日の厳しい寒さも、抗議する我々の熱い心を冷やすことはできなかった」とインタビューを締めくくった。
ANSWERを構成する各地の運動体は、この日のために全米からバスをチャーターした。参加者ができるだけ安い費用(30〜100ドル)でワシントン集会に参加できるようにするためだ。このほかにも自家用車やバンに相乗りしてやってきた人もいる。遠い人は、24時間以上かけてワシントンまでやって来ている。
こんな人もいる。「私は今までデモとか集会とかには批判的だったの。なぜって、あんなのに参加するのは感情的で、一面的にしかものを見れない人たちだと思っていたから。でも、この戦争はどう考えたって間違ってるわ。だからこの集会に参加したの。イラクを攻撃するのなら、その理由と証拠を示さないといけないわ。それはイラクではなくて、むしろアメリカ政府の側に証明する責任があるのよ。でも、未だにブッシュはそれをしていないのよ」(53歳・主婦)。
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アメリカ政府のイスラエルに対する軍事援助に
反対するユダヤ人グループも参加した |
この集会には、星条旗を手に持ったり、身にまとって参加している人も結構目につく。日本で日の丸を振って反戦集会に参加する人は見たことがないが、「自分が信じる=正義を重んじるアメリカであって欲しい。だからイラク攻撃はやめるべきなのだ」といったところだろうか。この辺の感覚は私には理解不能だが、こうした人々も反戦運動に参加し、全体として「ベトナム反戦以来」と言われる盛りあがりを創っているのだ。
「反戦運動への風あたりの強い地方もあります。反戦運動が成立しない地域もあります。しかし、だからこそ皆が一同に集まり、ブッシュ政権とメディアが無視できない数を示し、強い声を発する必要があるのです」。ANSWERのスポークス・パーソンでもあるマラ・ヒリアード弁護士は、一方でこう危機感を表明している。「今は、とにかくたくさんの人が集まることが大事です。私は、今回のデモが戦争に突入しようとしているブッシュ政権に対する、ある種の国民投票だと思って参加しました」と語る人もいた。
また、ミシガンからやって来たシェルビー・バークウィッツさん(32才)は、「これまでアメリカが行ってきた戦争で殺され、傷つき、今も難民キャンプで暮らし、路頭に迷っている人々のことを考えると、こんな寒さなんて、どうってことはありません」と語る。彼女の言葉が、集会参加者の気分を一番よく表現しているといえば、いささか持ち上げすぎかもしれない。が、いわゆる「動員集会」とはまったく違う熱気と危機感を感じさせる集会だった。
全身反戦スローガンのモヒカン野郎に脱帽
デモについても報告しておこう。
とにかく派手だ。「目立ってなんぼ」、「人と違うことをするのがカッコイイ」といった風情だ。身も凍らんばかりの寒さの中で、パンツ一枚で、体中に反戦スローガンを書いて踊りまくっていたモヒカンの若者は、とりわけ私の目を引いた。その根性には脱帽!何せ並みの寒さではないのだから。
シュプレヒコールも、「NO Blood For Oil(石油のために血を流すのはたくさんだ)」「Not for Oil but for welfare (戦争に使う予算を社会福祉に)!」など、いくつか共通したものもあるが、基本的に各々のグループが考えたスローガンやシュプレヒコールを、それぞれが独自の口調で叫ぶ。目立ってカッコイイスローガンに皆が声を合わせていき、さらに大きくなっていく。
プラカードやポスターも各自持参で、内容も実に様々だ。手ぶらでただ歩いている人や同じプラカードを持っている人というのは、ほとんどいない。ほとんどの参加者が、訴えたい言葉と気持ちをもって参加しているのが、ここからもしっかりと伝わってくる。
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手を血で染めたブッシュとシャロン
(手前のプラカード) |
沿道からの声援とカウンターデモ
沿道からの声援や、窓から「戦争反対」の横断幕を掲げて反戦デモへの共感を示す住民も結構いる。こうした横断幕が掲げられると、デモ隊から口笛と歓声が起こり、シュプレヒコールも一段と熱の入った大きなものになる。
しかし一方で、これもあまり日本では見られない光景だが、カウンターデモも行われている。これは、反戦デモに対して戦争支持者が行う対抗的デモンストレーションだ。
ブッシュ支持者たちによるカウンターデモは、反戦デモの最終目的地である海軍造船所前でデモ隊を待ち受けていた。
「もう、9・11のテロを忘れたのか!」「今何もしないことは、戦争よりも高い代償を払うことになる!」「ヒッピーは、出ていけ!」などなどのプラカードと大小の星条旗を掲げ、デモ隊を罵倒している。彼らは、共和党=ブッシュの支持者で、退役軍人会などが組織しているようだ。
100人ほどのカウンターデモは、警察官と赤いベレー帽のガーディアン・エンジェルスに守られながらも、結構力の入ったアピールをしている。ガーディアン・エンジェルスは、元々カウンターデモの防衛隊なのだろうが、どうやらデモの先頭部隊とカウンターデモが小ぜりあいになったらしく、間に警察官が入ったようだ。
後続のデモ参加者も、ここではとりわけシュプレヒコールを大きくして対抗し、「Hippy Go Home!(ヒッピーは出ていけ)」との罵声に、「Here is our home!(こここそが我々のいるべきところだ)」と返していた。
最初のデモ隊が出発したのが午後1時半。先頭は午後4時頃に海軍造船所に到着したのだが、デモの最後尾はまだ出発していなかったという。つまり、8キロ程のデモコースが、密集したデモ隊で埋め尽されたことになる。
18日の反戦デモは、サンフランシスコをはじめとする全米で行われ、翌19日には、同ワシントンで「反戦若者デモ」も行われた。ヨーロッパでもすでに数十万人の反戦デモが行われ、2月15日には、ヨーロッパの反戦市民運動の呼びかけによる、全世界同日反戦デモが予定されていることをつけ加えておこう。
「自分たちの手で戦争を止める」という気概と緊張感
18日のワシントンは、「本気」を感じた集会とデモだった。「惰性の義務感」や、裏返しの「半分あきらめ気分」でない、「名もない自分たちの手で、戦争を止める!」という気概と緊張感が参加者にあり、会場全体を包んでいる。私が感じた迫力は、単なる人数の大小ではない「何か」だ。活動家の周りの人や、デモコース沿道の人々を行動へと駆りたてている「何か」であり、私たち日本の「左翼」とか「運動」に最も欠けている「何か」なのかもしれない。
その「何か」を構成するものの1つは、当事者性だろう。自分たちの政府が戦争をやろうとしている、との切迫感はやはり日本とは違う。アメリカの若者は、「自分や友達が銃を持たされるかもしれない」、そして中東からの移民は、「親戚が犠牲になるかもしれない」との緊迫感を感じている。こうした危機感が緊張感を生み出しているのだろう。
次に、多様性の中で鍛えられた自己主張の強さがあるだろう。日本では今、やたらと「多様性」が流行しているが、それは「とりあえず何でもあり。認めておこう」という安易さに堕してはならないだろう。とことん自己主張しあう緊張関係の中で、お互いを了解しあう多様性こそが、豊かさを生む。
アメリカは、賢明にも移民を積極的に受け入れることで、社会の多様性を獲得し、それを大義とし、力にして「世界の覇者」となった。そしてアメリカの反戦運動も、その多様性の中で鍛えられた自己主張と相互理解を、そのエネルギーとしているように感じた。それらが緊張感と重なりあい、「本気」を感じさせる反戦運動を創りあげている。
ヨーロッパでもすでに数十万人の反戦デモが行われている。今回のアメリカでの反戦運動の熱気を目の当たりにして、小泉政権の突出したブッシュへの肩入れを思う時、日本の反戦運動の極端な落ち込みが目立ってしまう。こりゃ、日本の反戦運動も「本気」で考え直さにゃ、ヤバイで!
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