イスラエル軍による攻撃とパレスチナ人の抵抗が激しく展開している最中の6月、日本から市民団体の「中東市民文化交流友の会」が現地を訪問し、非暴力直接行動をパレスチナ各地で展開した。
到着した6月4日から日本へ帰国する13日まで、現地で新たに参加した2人を加えた約40人は、道路封鎖を乗り越え、孤島のように点在するパレスチナ自治区各地を訪ね、占領、破壊、殺害の実情を確認しながら、草の根の民衆交流を行った。
また、アラファト議長との面会、PFLP(パレスチナ人民解放戦線)、ハマスなどパレスチナ各組織の代表との意見交換、そして、イスラエル側では、与党のモッシュ・アレンスとの面会、野党第一党のメレスの党首、「ピース・ナウ」などとの意見交換を行った。「友の会」の活動の報告。 |
パレスチナの人々との意見交換
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ラマラでの占領反対デモ。イスラエル
軍はこうした非暴力デモにも発砲する |
いったん押された入国拒否スタンプを取り消しての入国という3時間に及ぶ異例の入国審査を経て、4日に「友の会」はイスラエルに入った。
交流活動初日の5日は、議長府があるラマラへ向かった。その後、ファタハ、PFLP、DFLP 、PPR、ハマス、イスラミック・ジハードの代表と意見交換した。自治政府の閣僚級の人々との懇談会と言えた。
議長府では損害の様子を見ながら、アラファト議長と面会。そのとき、「今日にもイスラエル軍の再侵攻がある」との情報が入る。「友の会」一行がカランテイア検問所を通過した午後7時からほぼ1時間後、その同じ道をイスラエル軍戦車隊がラマラに向かった。議長府はほぼ全壊し、1人の警備兵が殺された。
ジェニン虐殺の証言
ジェニンのパレスチナ自治政府関係者は、「友の会」にこう訴えた。
「イスラエルが土地と権利を返せば問題は終わる。ユダヤ人が嫌いなわけではない。私たちが自由を獲得するために、どうか力を貸してほしい。平和的な方法がダメなときは、暴力的な方法をとる。」
「友の会」が訪問した数日前から、イスラエル軍は30台の戦車隊を投入。街の周囲から家を1軒づつ虱潰しに攻撃していた。
証言を聞いていた午後4時、市内中心部への戦車隊の攻撃が始まった。砲声と着弾音が真近まで近づいてきた。銃声の距離は200〜300メートル。銃弾が空を切る音が聞こえる。集まっていた子どもたちに家に帰るように促す。自動小銃を持ったパレスチナ人が銃声の方向に飛び出して行くのが見えた。「戦場になってしまうので、早くここから出てくれ」と、促される。反撃が始まった。
ジェニンでは、銃口の上部を切断したクラシニコフを何度か見かけた。射撃の反動で銃口が上にハネ上がるのを押えるために工夫されたヴェトナム改良型だという。それが、ジェニンが戦場であることの証明でもあるかのように見えた。
イスラエル軍の攻撃は翌朝まで続き、照明弾が午前2時過ぎまで打ち上げられていた。
イスラエル「平和婦人連合」の集会へ参加
8日、検問所を内側から抜けてイスラエル領内へ入った。散水器、溜池、水路、水が溢れたイスラエルの農地。手入れが少なく、農地なのに水を見ることが滅多になかったパレスチナ自治区内と大きな落差がある。
シャロン首相府近くの官庁街の路上で開催された集会には約600人が参加したが、戦闘激化の情勢判断からか、予定されていたデモは中止となった。主催は、アラブ系イスラエル人も含む「平和婦人連合」。アラブ系イスラエル人は、集会参加の自由を奪われている。平和婦人連合がチャーターバスで乗りつけ、IDカードを提示して検問を超えて来た。外国人には許される集会参加が、イスラエル国籍のアラブ人には許されない人種差別。そんなやり方で「平和的な方法」を奪っているのは、イスラエル自身ではないのか。
この集会では「パレスチナに平等を」(イスラエル共産党)、「2つの国家ではなく、1つの社会主義国を」(第4インター・イスラエル支部)、「兵器より人間」(ベイブ・ジュン)などのプラカードがあった。他にゲイ・レズ団体のブラックランドリー、ピース・ナウなどが参加していた。日本人集団が初参加した集会で、「アラファトと会って来た」との「友の会」代表の発言に、会場から大きな拍手があった。
川口外相が来訪している9日、シオニストの反戦団体ピース・ナウのノアム・ホスターブ(エルサレム支部長)と意見交流。シャロンの戦争政策で経済が悪化、銀行の中小企業への貸し渋りによって、来年までに25%程度の企業が倒産するだろう、と予測していた。
ガザ「パレスチナ人権センター」の訴え
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自治区内に無数に設けられた
チェックポイント |
10日、ガザの「パレスチナ人権センター」で、自治政府のラウヤ・シャワ女性議員、ガザ地区責任者らと意見交換。
「この困難な時期に来てくれて嬉しいです。イスラエルはアパルトヘイト政策を取っています。非常に人種差別的な国です。私たちをテロリストと呼ぶが、どちらが犠牲者か。この犯罪を確認してほしい。日本人がもっと来てほしい」。
ラウヤ議員らは過去19ヵ月間で1700人のパレスチナ人が殺害された事実をあげ、民族浄化阻止を訴えた。
ガザでは、農業者への銃撃、農地・農家への破壊がイスラエル軍によって行われ、農業面積の12%が非農地にされてしまっていた。しかも、港、空港は破壊され、農産物のガザ外への持ち出しは禁止されている。出入り口はエレツ検問所1ヵ所のみ。さらに、ガザ内も検問所で南北に分断されていた。この検問所が開くのは1日10分程度もしばしばで、数キロ先に行くために2日を要する。まさにガザはゲットーになっていた。
「友の会」が訪問する2週間前、パレスチナ人に対して新しい磁気式IDカード制が導入され、個人への管理がさらに強化された。孤島状態の西岸とガザはさらに分断され、一方の住民は他方を訪れることを禁止されている。
この後、農家でイスラエルの農地破壊の実情を聞いた。「遊休農地は没収する」という法律を作った上で、銃撃や作業時間規制で農作業を妨害している。外国人が農作業を手伝うのも「人間の盾」の活動の1つだ。「友の会」の中から2人が、この農家での農作業の協力を申し出た。日本人による初の「援農」だ。
11日、断続的に攻撃が続くエルサレム南郊の街ベツレヘムへ入る。現地コーデイネーターのジョージ・ニメルさんからパレスチナの非暴力運動についての説明を受ける。6月末から54日間、パレスチナ全土で大規模な非暴力行動が準備されている。既にエルサレムには、フランス、北アイルランド、デンマーク、スエーデン、米国などから市民が終結し始めている。
「金は要らない。国際連帯を!」の叫び
夜はデヘイシャ難民キャンプに宿泊。このキャンプでは、「ホーリーランド・トラスト」のサミー・アワード(ダイレクター)から、(1)キャンプへの旅行者の誘致、(2)外国人による援農、(3)日本の子どもとの交信、などが提案された。
イスラエル軍は、4月からの攻撃でベツレヘム市役所に侵入し、コンピューターを全て破壊。さらにソフトも全て持ち去って行った。選挙人名簿も作れない状態にしておいて、イスラエルはパレスチナに対して「民主的な選挙」を要求している。
12日は、前日までエルサレムの定宿としていたホテルの目と鼻の先でイスラエル兵が刺され、数十人が検挙された。その難を逃れた「友の会」は、本当に幸運に恵まれてツアーを終わらせることができたと言える。
65%の失業率、81%が貧困下にあるガザ地区のコーデイネーターは、挨拶でこう言い切った。「我々は金は要らない。施設は作っても作ってもイスラエルが破壊するからだ。我々に欲しい唯一必要なものは国際連帯です!」。
(つづく)
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