【インタビュー】

ヨーロッパの反グローバリズム運動

杉村昌昭さん(龍谷大学教授)

2002年 6月5日
通巻 1112号

「「国家を越える世界権力=WTOは、多国籍企業の代弁者であり、
世界の貧富拡大に拍車をかけ、地球環境破壊の先頭に立っている」

インタビューに答える杉村さん

 「現在のWTOの規則は、何よりも『超国家的企業』の利益を優先し、市民と民主主義にとって巨大な危険をはらんだものだ」。『WTO徹底批判!』を書いたスーザン・ジョージは語る。シアトルで数万人の抗議デモに囲まれ、新自由主義的グローバリズムの象徴となっているWTOへの批判が高まっている。反グローバリズム運動の統一戦線とも言えるATTACは、フランスで生まれ、ドイツ・イタリアでも破竹の勢いで影響力を拡大しつつある。『WTO徹底批判!』を翻訳した杉村昌昭さんに、ヨーロッパの反グローバリズム運動について話をうかがった。ATTACとは、どういう運動なのか? なぜ、広がったのか? 日本の反グローバリズム運動の将来は? 

(文責・編集部)


無謀に動く投機資金に課税を
 ATTACは、ヨーロッパの反グローバリズム運動を代表する運動と考えていいと思います。フランスで一挙に大きくなり、イタリアに波及し、最近ドイツでも急成長しています。スイスは、様々な国際機関が集まっているせいもあって、ここでもATTACは広がっています。統一テーマとしてはトービン税を掲げていますが、環境問題、南北格差、失業、貧困と、とてもウイングとすそ野の広い運動です。

「もう一つの社会は可能だ」のスローガンを
掲げるジェノバ・サミット反対デモ参加者


 フランスで始まったATTACは、為替取引の90%以上を占める投機資金に税金=トービン税をかけて、これを原資として、貧困国の救済・環境保護のための活動資金にしようとするものです。このトービン税が提案されたのは、金融市場の拡大によって実体経済とかけ離れた資本(金)の流れが作られ、極めて不安定な状態が作られているという認識です。ロシア金融危機が東南アジアに飛び火し、それまで好調な経済成長を遂げていたASEAN諸国は、深刻な経済危機に見舞われました。今もその後遺症に悩んでいます。
 アルゼンチンにしても、1990年代は外面的には経済成長を遂げてきましたが、国内は外国製品ばかりになり、今、膨大な借金を抱えて破産寸前です。国際金融の世界は、いつどこで何が起こるかわからないという無政府状態になっているわけです。
 トービン税は、国家を越えた金融権力があまりに無謀な動きをしているので、投機資金の流れを規制しようという提案です。その意味でトービン税は、資本主義を前提とした窮余の一策と言うべきもので、社会主義に導く革命的な提案でも何でもありませんが、広がる一方の貧困と環境破壊をくい止める現実的方法として、たいへん注目を集めています。
 スーザン・ジョージは、税率をそれほど高く設定せず、ある程度資本の自由な流れを残したままで、むしろトービン税による税収を第三世界の貧困撲滅や環境保護に使った方がいいとも言っています。コンセンサスになりつつあるたかだか0.1%の課税でも、推計によると年に2000億ドルくらいになるそうです。アメリカの軍事予算が約3000億ドルですから、莫大な資金となります。さらに、第三世界にたくさん多国籍企業が展開していますから、スーザン・ジョージは、それらに対し各国政府が直接課税するという提案もしています。
 ヨーロッパ各国首脳もトービン税については、賛意を表明する人が現れています。それは、各国政府がその税収を国内の政策に使えると思っているからです。


多国籍企業が取り仕切る世界
 第2次世界大戦後の世界貿易を取り仕切るルールとしてGATT(関税と貿易に関する一般協定)があり、各国担当者が多角的貿易交渉を行ってきました。なかでも1986年のウルグアイ・ラウンドは、GATTの歴史の転換点を画するものです。つまり、米国はすでにこの時点からWTOの準備をしていたのです。WTOの特徴は、物質的な商品だけでなく、サービスなどの非物質的な貿易取引もその対象としたことです。「サービス」というのは、金融・特許・保健・教育・福祉など広大な領域を含みます。1980年代は産業構造が変わり、この時期以降サービス分野の貿易が主流となる転換期であったわけです。実際貿易統計を見ても、全世界の貿易のうち3分の1は多国籍企業内の貿易で、さらに3分の1は多国籍企業間の貿易です。つまり、残り3分の1だけが国をバックにした19世紀的な貿易なのです。
 米国は7年かかってWTOを作り、現在では形式上約140ヵ国が参加していますが、実際は、シティーコープ、アメリカンエクスプレスなどのアメリカの巨大金融企業と米国政府が準備し、これにヨーロッパ諸国の政府・企業が同調してできたものです。


世界貿易ルールを密室で勝手に決定
 スーザン・ジョージも言っていますが、WTOに反対する市民運動は、貿易ルールがあること自体に反対しているわけではありません。WTOが批判されるのは、世界貿易ルールを、密室で勝手に決めるという非民主主義的組織だからです。WTO委員は選挙で選ばれているわけではなく、多国籍企業の「友人たち」が任命制で役職に就いています。多国籍企業が活発にロビー活動を行っている一方で、途上国貿易の死活に関わるようなルールが、途上国に基本情報すら与えられないまま決められています。
 例えば、中南米にはグレナダのようにバナナの輸出で外貨を稼ぐ国があるのですが、このバナナの輸出量が、米国資本の企業に有利なように勝手に変更されるなどの例は、枚挙にいとまがありません。多国籍企業に有利な輸出入規制などのルールが、こと細かにかつ膨大に作られています。WTOのルールの決め方が米国や欧州中心で、自分たちに都合のいいルールを途上国に押しつけて、途上国のまともな関与を認めないことが問題なのです。
 しかもWTOは、強い強制力を持っていることも見逃せません。協定違反には罰則があり、国家を越える強い権力を行使して加盟国に協定遵守を迫ります。
 フランスの農民がマグドナルドを襲撃して話題となりましたが、実はあの事件もWTOによる罰則に端を発しています。つまり、フランスが米国とカナダ産のホルモン剤漬け牛肉を輸入禁止にした報復に、米政府は、フランスのロックフォールズ・チーズに100%の関税をかけました。100%の報復関税というのは、事実上輸入禁止措置です。このために、フランスの農民組合の活動家が、抗議の象徴的行動として近くの町のマグドナルドを襲撃したわけです。 は、このような強い罰則を課したり追認することで、加盟国に協定を遵守させているのです。国家を越える規制力と権限を持っているわけです。
 しかもWTOは、そのルールに合わない加盟国の国内法を変えさせる強制力も持っています。例えば、自動車の排ガス規制にしても、ヨーロッパが環境保護の観点から高い基準を設けていても、これがWTOによって「貿易障壁だ」と認定され、この高い基準が事実上無効にされるといった事態も起こっています。国家を越える世界権力であるWTOの幹部は、常に加盟国の国内法を監視し、次の攻撃目標を探しています。


貧困を拡大する超国家的企業
 スーザン・ジョージは、多国籍企業を「超国家的企業」と呼びます。それは、「多国籍」企業といえども、どこにでも均等に足場を置いているわけではなく、国際政治の舞台では、出自国の政府を最大限使いながら世界を取り仕切っているからです。「無国籍」ではないのです。国家を利用しながらも国家を越える企業であるがゆえに、「超国家的企業」と呼んでいます。
 反グローバリズム運動は、新自由主義・市場原理主義を掲げた「超国家的企業」が自分たちの都合のいいルールを作り上げ、世界を取り仕切り、不平等の拡大、環境破壊などの諸問題を生みだし、拡大再生産していることに反対しています。
 今のグローバリゼーションというのは、米国・EUが中心となって世界支配する過程だと言えますが、貧困国、特に中南米・アフリカ諸国にとって新自由主義的グローバリズムは、貧困を強め、国家主権を破壊して、浮上する道を永遠に閉ざす可能性をもっていることは、WTOも反論できないのです。

世界社会フォーラム
(ブラジル)でのATTAC

 フランスでは、上下水道が民営化され、水を金儲けの手段とする企業が生み出されていますが、先進国の市民にとってグローバリズムは、公共サービスの低下をもたらします。反グローバリズム運動の背景には、グローバリズムの助走期に公共セクターがどんどん浸食され、すべて「金」と「利潤」の世界になってきたことへの反発があります。
 スーザン・ジョージが特に激しく糾弾し警鐘を乱打しているのは、「サービス貿易一般協定」です。あらゆるサービス部門を民営化の対象とし、公共セクターをすべて破壊しようとしているのです。教育も医療も福祉も、すべてが金儲けの対象となるのです。スーザン・ジョージの推理によると、「国家に最終的に残るものは、裁判所と警察と軍隊くらいだ」ということになります。彼女はまた、それすらも怪しいとまで言っています。
 新自由主義的グローバリゼーションの拡大浸透を背景にして、本来、最低限の生活保障のための公共財であった社会資本を、私的資本の金儲けの手段とすることで、勝った者はますます栄え、負けた者は野たれ死ぬという社会が生みだされてきています。
 と同時に、規制緩和や民営化の野放図な推進は、「すべては金の世界」という価値観に人間が汚染されてしまうということでもあります。




社会化した労働運動が伸張の背景に
 先進国内部からも不満と批判が生まれています。まず失業の問題です。グローバリズムの展開のなかで、フランスでも貧富の格差は拡大し、失業率は全く改善されていません。
 フランスのATTACが伸張した背景に、社会化した労働運動があります。具体的には、SUDという左派労働組合の参加です。90年代に、社会党系労組=CFDTを左に割ってできた労働組合で、郵便とか国鉄などの公共サービス労組が中心です。何故注目されたかというと、労働条件とか賃上げとか自分たちの利益だけを守る労働組合が大半になっていますが、SUDは、失業問題とか移民労働者との連帯運動といった社会運動の場に登場したからです。
 狭い組合運動の枠を破り街頭に出て、ATTACとも連帯しています。SUDは、わずか1000名から出発した組合で、今も組合員数はそれほど多くないのですが、支持層が広く社会的影響力が強いのです。
 あと、マクドナルドを襲撃したジョゼ・ボベの存在で有名な「農民同盟」も の柱のひとつですが、ATTACの特徴は、なんと言っても、個人参加のメンバーが主体だということです。つまり、多様な個人の集合体として複合的なネットワークを形成してきたところに、ATTACの活力の源泉があるということです。

(つづく)

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