どさくさ紛れの死刑執行
―12月27日の死刑執行に抗議する

東京・益永美幸

2002年 1月5日
通巻 1097号

 12月27日、長谷川敏彦さんと朝倉幸治郎さんの死刑が執行された。
 暮れも押し迫ったこの日、世間の注目は、小学校児童殺傷事件の初公判と、脱税で起訴された元プロ野球監督の妻の保釈騒動だった。朝倉さんが執行されたその時、同じ東京拘置所にはマスコミが殺到していたが、死刑執行を報じることはなかった。まさに「どさくさ紛れ」に行われた執行だ。
 中身のないパフォーマンスで高い支持率を受けている小泉政権は「どさくさ紛れ」に強権をふるうことを続けてきた。今回の死刑執行も同様である。何ら信念もなく、自信もないが、とにかくやってしまえ、と。
 長谷川さんに親族を殺害された遺族は、長谷川さんの死刑執行をしないようにと訴え続けてきた。しかし、遺族のこの願いは全く無視された。「死刑にしてほしい」という遺族感情」は、死刑の存置、死刑判決の理由としてことさら強調されるにもかかわらず、同じ「遺族感情」であっても「生きて償い続けて欲しい」という訴えは尊重されなかったのだ。
 今回の死刑執行で、遺族感情などとは無関係であると、国自身が示した。国家にとって、「遺族感情」というのは、死刑制度を維持するために都合よく使える道具の1つでしかないのだ。
 「死刑」というのは、極めて政治的な問題だ。
 今年6月、ほぼ全てが死刑を廃止している欧州諸国が組織する欧州評議会のオブザーバー国として参加しながら、死刑制度の廃止に向けて何ら議論も努力もしないニッポンは、同じく死刑を存置しているアメリカと共に、死刑執行停止を強く求められていた。しかし、今回の執行で、日本は、国内外でどんなに非難を受けようと、アメリカに追随する姿勢を示した。何の議論も行うことなく、「同時多発テロ」に対するアメリカの武力報復へ参加することを決定し、自衛隊を派兵させてしまった小泉政権は、死刑制度についても、アメリカに追随し、「ゆがんだ正義」を遂行したのだ。
 国家が公然と殺人を行う制度が「死刑」だ。国家の名のもと、報復のために爆弾を落とすことと違いがあろうか。
 私は、長谷川さんと朝倉さんの死刑執行に強く抗議する。そして、今すぐ死刑制度を廃止するよう切望する。
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▼「ごましお通信」号外より/連絡・小金井市前原町4-20-8-202 (益永美幸)

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