裁判所によるチェックもなく、「テロ」と言えば何でもアリの、とんでもない法律が成立する。米国「テロ対策法」である。9月19日、ブッシュ大統領が議会に提出。10月24日、下院で可決され、25日には上院で投票が実施され、98対1の圧倒的賛成多数で可決された。ブッシュ大統領が署名すれば成立する。
FBI はテロ直後、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP )に対し、インターネットメールを盗聴するための「カーニボー」設置許可を求め、多くの企業がおとなしく従った。こうした既成事実が次々と合法化されようとしているのだ。
さらに、議会内では暗号化技術を規制する動きも加速している。「テロリスト集団は、解読できない暗号化技術のおかげで、外部から通信を傍受される不安もなく、犯行計画に関する通信ができている」として、暗号化ソフトを製造しているメーカーに、政府機関用の暗号解読手段を提供するよう求めたり、PGP などの暗号化ソフトに関しては、(技術の公開による共同作業により常に進化する技術であるために)その開発そのものに規制がかけられようとしている。
報復戦争は、1ヵ月以上アフガニスタンへの空爆が続き、多くの罪もない女性や子供を含む民間人が犠牲となっているが、次の犠牲者は、アメリカ本国の市民的自由のようである。 |
「テロ対策」と言えば何でもアリの反テロ法
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FBI長官ロバート・ミューラーと本土防衛局のトム・リッジ |
反テロ法の内容は、下記条項に加え、(1)国家安全保障局(NSA)が、イギリスなど5ヵ国と共に運営する秘密データ収集システム「エシュロン」を、米国市民に対しても使用できる、(2)テロリスト容疑者の移民に対して裁判所命令なしで即座に拘留できる権限を連邦当局に与える(しかも、合法・違法に関わらず、すべての移民は、訴えられた場合、審問などの異議を唱える手段を一切与えられず、問答無用の拘留が可能)、(3)テロリズム関連の犯罪についての時効を無効とする、(4)特定の化学物質や生物兵器の所有は「平和利用の目的」であることを証明できる場合をのぞき禁止、(5)テロリズムの定義を根本的に見直し拡大して、生物化学兵器やコンピューターへのハッキングも含める、(6)有罪を宣告されたすべての重罪犯から サンプルを採取することなどが含まれている。
「テロ対策法」は、有効期限を2005年12月までと定めているが、有効期限の適用を受けるのはごく一部で、インターネット通信の盗聴、令状なしの家宅捜索などの問題の条項については、ほとんど対象外となっている。
25日に行われた上院本会議で、ただ1人反対を表明したラス・ファイン議員(民主党)は、プライバシー保護を重視した一連の修正案を提出したが、すべて否決されている。賛成した議員たちは「最も身近な場所こそが、最前線の戦場だ」と述べ、警察が新しい監視能力を必要としていることを力説している。
【第213項】 警察は、その所有者に通知することなく、自宅もしくは事務所に密かに侵入し、内部を捜索できる。
【第505項】 裁判所命令がなくとも、捜査当局が「国際的テロ活動防止を目的とした正式な捜査に関連する記録だ」と主張した場合、インターネットプロバイダーあるいは電話会社は、発信した相手先の電話番号を含む顧客情報を捜査当局に提出しなければならない。捜査当局から接触を受けたインターネットプロバイダー(ISP)や電話事業者は、捜査に入っていることを「いかなる相手にも」公表してはならない。
【第505項】 テロ関連の捜査に関連して捜査官から要請があった場合、クレジットカード調査会社は、その内容の如何に関わらず情報を捜査当局に開示しなくてはならない。情報開示に当たって、捜査官は先に裁判所命令を得ておく必要はない。 |
FBIの電子情報盗聴システム「カーニボー」
「カーニボー」は「肉食動物」の意。不審な通信の「肉」の部分まで得る能力があるからだという。インターネット・プロバイダー(ISP)のネットワーク上に設置され、ボイスメールを含む電子通信を監視する。特定の情報を記録するよう設定されており、その情報の入ったリムーバブル・ハードディスクを、FBI捜査官が引き取りにやってくる。捜査対象の人物が送受信するすべての通信内容と記録を傍受するシステムとされている。
しかし「カーニボー」は、プロバイダーの中核部分に設置されるため、全ユーザーの電子メールの盗聴が可能である。「これは、その通話が監視されるべきかどうかを判断するためにすべての人の電話を盗聴するということを、インターネットの世界で行っていることと同じである」(元連邦検察官・マーク・ラッシュ氏)と強く批判されている。
「反テロ法」では、FBIが極秘の犯罪捜査情報を米中央情報局(CIA)と共有することが可能となった。国家安全保障局(NSA)によるエシュロンの米国市民への適用と合わせると、政府による強力な盗聴システムが合法化されることとなる。
ちなみに米マイクロソフト社の技術者の話では、政府は同社の「ホットメール」サービスに対して、特に注意を払っているという。
カーニボーは、以前からプライバシー擁護団体にその存在と危険性を指摘されていた。「電子プライバシー情報センター」(EPIC)は、8月、FBIに対し「カーニボー」に関する情報公開を求める訴訟を起こしている。使用方法に関する詳細情報や、当局がこのシステムを使用する際の制限事項に関する情報を公開するよう求めた。
FBI は、「無関係のメールは読まない」としているが、無関係かどうかは読まないとわからない。いずれにせよ、カーニボーの全容は闇の中であるにもかかわらず、すんなりその使用が合法化されることに今の米国議会の異常さがある。
加熱する「愛国ブーム」
こんな悪法がすんなりとる背景に、加熱する「愛国心ブーム」がある。現在米国では、全ての家に星条旗が掲げられ、「ゴッド・ブレス・アメリカ」がことあるごとに歌われている。またアラブ系ウェブサイトの強制閉鎖、放送業界の自主規制などが大規模に進行している。
レッド・ツェッペリンの「天国への階段」、クイーンの「地獄へ道づれ」は、ロッククラシックとも言えるもので、20年以上放送し続けられたものだが、「視聴者に不快感を与えるおそれがある」として放送自粛リストに加えられた。このリストには、現在150曲が名を連ねている。
また、多数のウェブサイトが「非国民的」あるいは「国家安全保障に危険をもたらす恐れがある」として自主閉鎖、強制閉鎖されている。国旗を燃やす行為は憲法で保障された権利だという意見を擁護するサイト「フラッグ・バーニング・ページ」は、自主閉鎖した。また、「IRAラジオ」「アワー・アメリカズ」などのインターネットラジオ番組は、インターネット・プロバイダーによって閉鎖された。ヤフー社は、「ジハード・ウェブリング」にある多数のサイトを閉鎖している。
テロ発生以来、「愛国心ブーム」が加熱し、この流れに逆らうような行動や発言をすると、のけ者にされ、世間から非難を受ける雰囲気が作られている。ニューヨーク州バッファローの平和運動家たちは「非国民」「気の狂った共産主義者」と罵られているという。
今アメリカでは、「自由か安全か」という単純な二元論がまかり通っている。ドイツでは、1933年に起きた国会議事堂放火事件を契機にナチス独裁政治が実現した。米国は、「自由」を旗にして国民統合を図ってきた。今「米国民主主義」の底の深さが試されている。 |