★好戦的愛国主義者に
とってはまさに天恵
テロリストたちの攻撃は残虐極まるものであった。しかしあの残虐行為は、例えばクリントンのスーダン爆撃の水準には及ばないであろう。あの爆撃は、何ら信用に足る釈明もなされず、国内医薬品備蓄量の半分を破壊し、その数も分からない人々が殺戮された(数が分からないのは、アメリカが国連の調査を妨害し、誰もそれを徹底調査しようとする者がいないからである)。容易に記憶に蘇ってくるスーダン爆撃よりはるかにひどいケースに比べれば、言うまでもないことである。
しかし、今回の攻撃が背筋の凍りつくような犯罪であったことは、疑いの余地のないことである。主たる犠牲者はいつもながら、ビルの管理人・秘書・消防士など働いている人たちであった。今回の事件は、パレスティナの人々や他の貧しい抑圧された人々にとって、壊滅的な打撃となるであろう。それと同時に、安全保障体制が強化され、市民的自由と国内の自由がなし崩し的に制限されていく方向で、数々の影響が図らずも出てくるものと思われる。
今回の事件は、「ミサイル防衛」構想の愚かしさをまざまざと見せつけた。端から明々白々たることだったし、戦略アナリストたちが繰り返し指摘してきたことだが、大量破壊兵器をも含めて合衆国内で大きな損害を与えようとする者がいるとすれば、彼らがミサイル攻撃を掛けてくる可能性は極めて低く、かくて直接的破壊行為が易々と可能になる。基本的に抑止できないもっとたやすい手口はいくらでもある。
しかし今回の事件は、このような防衛体制を促進し、整える圧力を増すのに利用される公算が高い。「防衛」というのは、宇宙軍事化計画の見え透いた隠れ蓑であり、宣伝が巧妙であれば、どんなに根拠薄弱な議論でも、脅えた大衆の間では一定の影響力を持つだろう。
要するに今回の犯罪は、強硬右派好戦的愛国主義者にとっては、まさに天恵なのである。なぜかと言えば、彼らは軍事領域の統制力を行使したくてたまらないからである。この犯罪で、アメリカのとり得べき措置すら無視されかねなくなり、強硬派が仕掛けると思われるのは、今回のような、いやそれ以上の攻撃を今回以上に加えることである。今後の展望は、今回の残虐非道な行為が行われる以前より、はるかにきな臭いものになっている。
★何が原因なのかを
理解しようと努力すること
いかなる対応をとるべきかに関しては、我々には選択肢がある。我々はこのおぞましさを正当化することもできれば、一体何が原因でこのような犯罪行為が生まれたのかを理解しようと努力することもできる。つまり、それは凶行に走りかねない者たちの内面に立ち入る努力を払うことを意味する。
もし我々があとの方向を選ぶとすれは、私が思うに、ロバート・フィスクの見解を傾聴するのが一番だと思う。というのは、彼の現地体験で得たこの地域に関する知識と洞察は、長年の傑出した報道を積み重ねた比類のないものであるからだ。「蹂躪され屈辱を受けた民族のこの許し難い恐るべき残虐さ」に関して、彼は「これは、世界の人々が今後信じさせられようとしている民主主義対テロリズムの戦いではない。この許し難い恐るべき残虐さは、パレスティナ人の住居に撃ち込まれてきたアメリカのミサイルと、1996年にレバノンの野戦病院にミサイルを撃ち込んだアメリカの戦闘用ヘリ、そしてクァナという村に撃ち込まれたアメリカの砲弾、そして、アメリカとイスラエルの連合軍によって給料を支払われ軍服を供与されたレバノン民兵の暴行と凌辱と殺戮の嵐にも、等しく言えることである」と述べている。
だが、アメリカの罪業は、その程度でとどまるものではない。繰り返して言うが、我々には選択することができる。つまり、理解しようと努力することもできるし、その努力を拒むこともできるのである。だが後者の道は、今後考えられる事態の急激な悪化に手を貸すだけである。 |