「省エネ時間」なる姑息な言い換え
合衆国のほとんどの地域で4月1日から夏時間へと変更になった。言うまでもないだろうが、夏時間とは本来の時刻よりも時計の針を1時間早めたもの。
欧州では、春分及び秋分の日の次の日曜を変更日としているので、夏時間はほぼ半年。だが、合衆国では、4月の第1日曜から10月の最後の日曜までなので、夏時間の方が本来の時間よりも長い。つまり、特例状況の方が正常なそれよりも長いというおかしな措置なのである。
そのせいか(?)、多くのマスコミは「省エネ時間」と呼んでいる。だが、省エネという言葉がその意味を発揮したのは昔ばなし。今や、太陽が中天でぎらついていても、どのビルも照明はこうこうとさせ、エアコンを働かせている。これでは「省エネ」と言い換えてみてもやはり無理というものだ。
それどころか、この時間変更に伴って時計の針、表示はもちろん、時刻表なども調整しなければならない。省エネどころか無駄な労力を必要とするわけだ。
また、ほんの1時間の違いとはいえ、生活リズムをなかなか順応させられず、ひどい場合には相当期間体調不良になってしまう人も少なくないという。特に高齢者に多いとか。つまり、弱者のことは考えてはいない。切り捨てると言わんばかりのものなのである。要は、これは人間中心の発想ではなく、企業中心、強者優先という資本主義の思考そのものと言えそうである。
エネルギー問題といえば、カリフォルニアの電力危機、電気料金の大幅値上げ、にもかかわらず夏場にエアコンをフル回転させたらお手上げであり、停電は避けられない、逃げだす企業や人々が出てきそう……といったニュースは知れ渡っていることだろう。同州の電力危機に「省エネ時間」が寄与するなんて説は、誰1人として言わない。なのに「省エネ時間」なんて言ってはばからない連中の脳ミソとは一体どうなってるのだ(?!)と毒づきたくなる。
もっともらしいことをいう連中に注意を
日本で家庭の電化がゆき渡ったというが、皿洗い機や乾燥機を使っているという家庭なんてまれ。合衆国ではそれが当たり前、普通と言われている。(だが本当のはなしは、「普通の水準」に達しない人々の数は相当なものだという。が、ここではそれは省こう。)
考えてみるべきなのは、日本各地(と言っても、沖縄に集中してるのだが)に駐留しているこの国の軍人・軍属には本国における「普通の水準」の生活が保証されているという点。というのも、それが日本の人々からまき上げた税金で、腐った政府の言う「思いやり予算」としてなされているからである。
基地周辺の住民は騒音やら廃棄物やらなにやらで困っているというのに、そうしたものを発生させている主たちは、二重窓(そのガラスは日本の普通の家庭のよりもずっと厚く強い)の防音対策、広い居住空間、全室エアコン……といった「本国並み」の生活が保証されている。日本の人々は騒音や貧しい生活に耐えながら、駐留軍には豊かな生活環境を保証してやっている。その昔「ヘイタイさんのため!」と言っていたのと同様の不可思議な構造。もっとも、ほとんどの人は貧しい生活とも思っていないし、おかしな構造という思いもないのだろう。合衆国の人間のほとんどが夏時間をおかしいと思ってはいないように。
日本でも夏時間を導入しようという動きがあるとか。とんでもないことだ!と叫びたくなる。
エレベーターがなければ動きがとれない建物は地震などで停電になったらお手上げになる。一方で原発を推進し、他方で夏時間導入やら省エネやらをもっともらしくとなえている連中にまどわされないよう、夢々御注意を! (小)
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