世界の貧困状況の実態調査(世界銀行)
貧しき人々の声を聴く

貧しき人々から見た「不幸」

2001年 6月15日
通巻 1079号

 以下に掲載するのは、世界銀行の『貧しい人々の声』に納められたコラム記事の抜粋である。世銀は、未曾有の規模で広がる世界の貧困の実態調査を行い、報告書を刊行した。
 ILO(国際労働機関)は2001年版世界雇用報告で、世界の労働力人口約30億人のうち、ほぼ3分の1が失業か十分な仕事や賃金を得られていない「不完全雇用」状態にあり、完全失業者は約1億6000万人と報じている。
 私たちは「貧困」という、今や21世紀を覆い尽くしかねない趨勢の「世界最大の病」を直視しなければ、いかなる問題の基本的視座も獲得し得ない。まして、 (経済協力開発機構)という「金持ちクラブ」の中からしか発想できないとすれば、あまりにも悲惨である。
 ノーベル賞経済学者 ・センの「ここに掲げられた赤裸々な声には、学者や研究者だけでなく、全世界の政府、国際機構、ビジネス社会、労働組織、および市民社会の全員にとって、一読するだけの価値が含まれている」という言葉を、取りあえず信用しようではないか。これは、センらの激しい批判に世銀が答えようとしたものである。今回は貧しき人々からみた「不幸」。

貧しい人々の声は何処にも届かない。富む者の声だけが世界に響きわたっている。

(討論参加者・エジプト)

・援助を受けるとき、私たちは乞食のように扱われる。(討論参加者・ブラジル)

 

惨めでひどい生活

 

 家族全員がかやぶきの1軒の小屋で暮らし、1日2回もろくな食事は摂れなかった。昼は、砂糖黍を少しかじっておしまいです。
 時々、小麦粉で作られた「サッツ」、マメ、じゃがいもを口にすることができたが、それは何か祝い事の時だけです。
 雨期になると、かやぶき屋根は雨漏りがひどいので、家族は、濡れないようにするためいつも部屋の隅に待避したものでした。
 衣服は、粗雑な生地、しかも年1〜2着で済まさねばなりません。それに、賃金は、たいてい1日働いてわずか穀物1キロでした。
(インドで貧しく暮らす母親―結婚3年後、義母の嫌がらせに堪えられなくて、息子夫婦は、彼女の家を出ていった)
* * * *
 以下は自分たちの惨状を表現するのにエチオピアの貧しい人々が用いた言葉をそのまま翻訳したものである。
▼「私たちは藁のように縛られ、放置されている」
▼「人生は空しく、私たちは身一つである」
▼「鶏のように地面を引っ掻いて食べ物を探して暮らしている」
▼「友人も食物もない人生は無意味だ」
▼「生きるのが嫌になった」
▼「我々の身体は骨と皮だけだ」
▼「我々は人並みの生活ができず、顔色は悪い」
▼「我々は死んではいないが生きているとはとても言えない」
▼「飢餓がハイエナのように襲ってくる」
▼「貧乏人はますます落ちぶれていき、、金持ちはますますのし上がっていく」
▼「食べていくだけで精一杯の人生」
▼「我々は他人が食べているのを見ているだけだ」
▼「生活が苦しくて頭がおかしくなった」
▼「我々は家財道具を売り払って住む所を探している」
▼「じっとして死ぬのを待っているようなものだ」
▼「親戚たちは私を軽蔑し、つまはじきにする」
▼「人生なんて灰を掃き集めるようなものだ」
▼「その日暮らしの生活。むち打たれ、走らされている」
▼「老け顔になる人生」
▼「酒にはほんの一口しかありつけない」
▼「満腹の人間がいる一方で、飢えている者がいる」
▼「いつまでも生まれたばかりの子牛のように弱々しく、逞しい雄牛に育つことはない」
▼「我々はミツバチの群のように存在感が希薄になった」
▼「生活が不安定で傷つきやすく、悩みごとと不安ばかり」
▼「今では生活不安定も極まった」
* * * *
 たぶん、明日には2〜3ヵ月自宅待機を言い渡されるか、工場閉鎖を告げられるだろう。我々は今も、週3日働いているが、明日何が起こるかわからない」
(ブルガリアの討論グループ。カロファーの男)
「歳で、もう何年かで働けなくなれば私は貧しくなり、食べるのにも困るようになるだろう」
(ベトナムの一住民)

 

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