ブランド好きな日本人

匿名希望

2001年 6月15日
通巻 1079号

 ブランド志向の弊害はつとに言い古されてきたが、そのブランド志向あればこそのマジック商法が存在することをご存じだろうか。私の専門は楽器の分野なので、国産の総合的大楽器メーカーであるY社を例にとって説明したい。
 どんな同種の商品にもピンからキリまであるのは、どなたもご存じと思う。楽器の場合、下は安価な入門用があり、上は高価な専門家用がある。違いは、丈夫さ、品質、材質、作り方、音質、音色、使い勝手などである。各メーカーはこれらを違えてグレードと価格を設定している。Y社もまた、そうしている。
 では何が問題なのか。Y社製のどの楽器も、違うのは材質と音色だけである。言い換えればY社製のどの楽器にも真のグレードは存在していない。つまり、Y社の場合、最も安価な入門・普及グレードの楽器のみを作り、その同じ楽器を「入門用」「中級品」「高級品」「超高級品」と呼び方のみ変えて販売しているのである。グレードによって中身が変わっていないのだ。
 「プロも使う有名ブランド」という前提がないと、このようなマジックは通用し難い。Y社製品をライブ等で使うプロプレイヤーには、Y社から少なくない額の謝礼金が支払われている。また、奨学金と称して若い金のない演奏家の卵たちに援助をしている。もちろんヒモがついている。彼らは自分のコンサートでY社の製品を必ず使い、さりげなく宣伝もしなければならない。タダより高い物はないのである。音楽大学の受験にY社製品を使う受験生が多いのも頷ける。Y社と教授連とのバイプはかなり太い。
 あなたが「フルートを習ってみたい」と有名楽器店に行くとしょう。店員は客の懐具合を推し量り、フツーのサラリーマンに見えれば、普及品の10万円以上の製品をすすめるだろう。お大尽に見えれば「良い楽器を買って長く使うのがいいですよ」と高級品をすめられるかも知れない。もし、すすめられたのがY社の製品だったら、かなり怖い。Y社製250万円ナリの「一生もの」のフルートの音質は、中国・台湾製の店頭価格2〜3万円の品に届いていないのだから。
 Y社製の楽器はどれも同様。カタログに高級とうたっていても、中身はせいぜい小学生の鼓笛隊向きである。ウソだと思う人は、楽器店で試奏されるが良い。何れかの楽器を一通りこなせる人は、ブランドイメージとプラシーボ効果のなせるワザを堪能できるだろう。ちなみにY社のオーボエやファゴットは、台湾の下請けメーカーの手になる「高級品」である。
 ピアノやオルガンの製造では草分けであり、管楽器の分野では老舗メーカーを吸収、電子楽器やギター等でも大きなシェアを占めている。文部省や学校への納入業者と結んでの学校商法。音楽教室を全国展開し、自社の製品購入をすすめる教室商品で発展した。「(技術より)販売のY社」と楽器業界では呼びならわされている。Y社には自社製品に他メーカーと同じ程度の技術は必要がない。ユーザーがブランドイメージで買ってくれるからだ。お手のもののピアノなら、ある程度の物は作れるのだが、あえて作ろうとはしない。格好だけの物でも売れるからだ。日本ではピアノはステータスシンボルにすぎないのである。
 私が書いてきたことは、Y社直営店・特約店を除いて、大手楽器専門店の店員諸氏の間では常識(公然の秘密)である。また、Y社との契約がないプロの演奏家も、当然のことながらY社製品は使っていない。その大多数は口を揃えて小さな声で言う。曰く「あそこのは音程はいいんだけどねぇー」と。

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