ヘルパーは労働者ではない
半年前からホームヘルパーとして介護に関わる佐伯さん(34才・仮名)には、6才と4才の子どもが2人いる。夫も2つの仕事を掛け持ちしているが、生活は楽ではなく、1DKの文化住宅に4人で生活している。子どもが一番手のかかる時期を過ぎ、働くことにしたが、お金だけではなく地域で少しでも他人にも喜ばれる仕事をと社協(社会福祉協議会)が運営するホームヘルプ事業にヘルパーとして登録した。
しかし、いざ働いてみるとあらためて登録ヘルパーのおかれている不安定な立場に不満を募らせている。その1つが、賃金の問題だ。登録ヘルパーは、介護事業者との雇用関係が成立しておらず、訪問先での介護サービスに対してのみ報酬が支給されるため、ミーティング・報告書・移動時間は無給だ。朝9時に出勤して、9時10分からミーティング。1日5〜7件の介護を終え、報告書を書いて家に帰れば7時を過ぎるが、6000円ほどの日給にしかならない。それでも仕事のあるときはまだましで、1日3時間ほどしか働けない日もある。週平均4〜5日介護をしても、保育料を支払うとわずかしか残らないという。
さらに、ヘルパーの仕事は精神的・肉体的にかなりの重労働だ。被介護者との信頼関係が重要な仕事のため、体力的にきつくても利用者の意向に添った仕事をすることになる。掃除・洗濯・買い物などの家事介護を一定時間内に終えなければならないので、勢い無理をして腰痛・頚腕といった傷病を抱えることにもなる。また、「時間が来たからここまで」というわけにもいかないので、時間が押し気味になり、昼食の時間が取りにくい、移動時間がとれないため信号無視で自転車を走らせるといった日々を送っている。
佐伯さんは以前結核患者の介護をしたが、今から思うと危ないことを行ったと考えている。本人が感染する危険もさることながら、体力のない老人宅を回って介護をする自分が、結核菌の運び屋になっていなかったか、いまだに不安なのだそうだ。
社協は、福祉事業者賠償責任補償制度に加入し、介護に関わる賠償責任については、事業主が補償する制度を整えてきてはいる。また、ヘルパー自身の介護労働に係わる傷病についても、保険金が支払われるようになってきてはいる。しかし、むしろこれら補償制度は、これまで整備されていなかったことの方が問題であり、さらに民間の実体は不明である。
佐伯さんは、半年で10キロ痩せた。介護保険導入を前に民間からの誘いもあり、もっとよい労働条件はないか探しているという。
有名無実の「厚生省通達」
厚生省老人保健福祉局は、1996年5月8日付で「非常勤ホームヘルパーの就労条件の確保について」通達を出している。
「通達」は、登録ヘルパーについて、「所属先団体との間に雇用関係がないとして一律に労働法規を適用していない例が見受けられるが、登録ヘルパーであっても、その就労の実態からみて、所属先団体との間に雇用関係が認められる場合には、労働者保護法令が当然に適用されるものである」とした上で、「市町村が、ホームヘルプサービス事業の委託先団体を選定するにあたって、当該団体に所属するホームヘルパーの就労条件が確保されないと判断される団体についてはホームヘルプサービス事業の委託先として不適当なものと判断して差し支えない」としている。
佐伯さんの所属する社協ホームヘルプ事業部も市から委託を受けてホームヘルプ事業を展開しているのだが、「通達」の趣旨からすると社協は明らかに「不適当」な団体になる。
早速、社協に問い合わせてみた。曰く「登録ヘルパーというのは、労働者というよりボランティアとして考えており、ヘルパーの希望時間に来てもらっているので、報酬も賃金ではなく謝礼金として支払っている」とのこと。週20時間以上ヘルパーとして働いている人についても同じ扱いだという。週20時間以上働けば実態として雇用関係にあることは常識であり、事業主には労災・社会保険・雇用保険加入の義務が生ずる。「ボランティア」の美名のもと労働法規が無視され続けてきたのである。
長野市は、全てのヘルパーを準公務員扱いにした。雇用が保障され、賃金も公務員に準じている。このため男性ヘルパーが飛躍的に増えたという。介護労働が公的に認知されるとともにそれに見合う条件が保障されたためだ。全国的に見るとヘルパーは圧倒的に女性の職業である。これは女性の適正というよりも、労働条件が悪すぎるために男性が入りにくいからだ。片方の性しかなり手がない労働市場は、基本的にゆがんでいるといって差し支えあるまい。
ちなみに佐伯さんは、現在時給で身体介護1400円・家事介護930円受け取っている。介護保険が実施されると、それぞれ4030円、1530円が保険から支払われることになるのだが、果たしてホームヘルパーの賃金はどれほど上がるのだろうか?
身体介護=4030円/時の積算根拠は、事務費、事務所・備品の減価償却、ヘルパーの移動コストなどを加味して決定された。しかし、ヘルパーの賃金は事業主が自由に決められる。このため介護労働が、誰でもできる家事の延長と認識されている限り、ヘルパーの社会的地位・労働条件は低く抑えられるのは間違いない。まず、介護は労働であり、ヘルパーは労働者であるとのコンセンサスを早急に創りだすことが重要である。
介護を有償サービスとして民間でやるという介護保険制度の基本コースの中で、民間主導の介護が一般化した場合、「経済効率」が追求され、介護の質やヘルパーの労働条件は後方に追いやられる。まず、自治体などの公的機関や社協などの準公的機関がヘルパーを労働者として認知し、労働条件を引き上げることから始めるべきだ。資本の「効率主義」に対抗し、介護を労働として認知させ、労働者としての権利を獲得する介護労働者の団結組織=ヘルパーユニオンの結成が今求められている。
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