花見有料化粉砕デモに寄せて―

公園解放と「都市への権利」  神戸大学 原口 剛

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大企業に公園が潰される

 都市大阪ではいま、とんでもない事態が進んでいる。大企業によって、公園が潰されようとしているのだ。
 すでに本紙でも報じられたように、大阪城公園では2014年にパークマネジメント事業が適用され、電通を代表とする共同事業体にその運営が託された。それからというもの、公園内は全域的に改造され、テーマパークへと変えられつつある。最近では、花見のバーベキューが有料化され、公園の一角はあたかも屋外レストランのようになった。さらには、吉本興業をはじめとする13の企業によって、新たに劇場型文化集客施設「クールジャパンパーク大阪」が開発されることが公表された(2019年2月開業予定)。うっそうと茂っていた木々は容赦なくなぎ倒され、やりたい放題の開発が公園を踏みしだいている。
 このような事態は、大阪だけのことではない。先日東京をおとずれた私は、さまざまな場所で資本の暴力が横行している事実を知らされた。たとえば渋谷では、宮下公園が完全に破壊され、無機質な白フェンスで覆われていた。やがてそこには、公園にかわってショッピングモールやホテルが建つのだという。宮下公園やその周辺で暮らしていた野宿生活者は、公園内から追い出され、さらには街から追い払われようとしている。
 また山谷では、ジェントリフィケーションが急激に進み、最近では商店街からアーケードの屋根が取り外された。労働者や野宿生活者は雨ざらしにされ、ここでもまた追い払われる。
 さらに湾岸のエリアでは、狂乱の開発をまざまざと見せつけられた。オリンピック施設の建設予定地周辺には、巨大なタワーマンションが次々と建設されて、すでに売りに出されている。その姿をみるにつけ、オリンピックの真の目的は不動産開発なのだと、否応なしに気づかされる。

「迷惑」の名による弾圧

 土建国家・日本では、権力はつねに土地をめぐって舞い踊る。その事実は、いわゆる「森友学園問題」の追及によって、広く明るみに出された。これと同じことは、公園改造についても言えるはずなのだ。共有物であるはずの公園は、資本の支配へ供され、私物化されようとしているのだから。だが、なぜか公園の私営化は、黙認されつづけている。それどころか、この問題に異議を申し立てようとする実践に対しては、「迷惑だ」といわんばかりの罵声が浴びせられる始末だ。
 「迷惑」という言葉。それは、いまやますます不吉な政治性を帯びるようになった。ふたたび、東京に目を向けてみよう。つい先日、東京都は反対の声を押し切って、迷惑防止条例を改正した。改正されたこの条例のもとでは、デモのような路上のアクティヴィズムが「迷惑」の名のもとに弾圧される危険性が、きわめて高い。要するにその狙いは、オリンピック開催に向けた治安対策である。「都市住民よ、ひたすら従順な消費者であれ」、「カネのないやつは、黙って消え失せろ」。この条例が都市住民に伝えるのは、そうしたメッセージだ。
 だがもちろん、人々が抵抗を諦めたわけではない。渋谷で、山谷で、さまざまな場所で、開発の暴力に抗う共同の実践は、いっそう粘り強くつづけられている。大阪もそうだ。たとえば4月1日には、公園の商業化に抗議するデモ(花見有料化粉砕デモ)が行われた。「場所をあけろ!もちろんタダでだ!」。デモの呼びかけ文は、そう叫ぶ。その叫び声は、資本の支配から公園を奪い返すことを求め、すべての住民のための公共空間を取り戻すことを求めている。「生活を変えるためには、まず空間を変えなければならない」。そう述べたのは、「都市への権利」の理論を打ち立てたアンリ・ルフェーブルであった。彼の言葉を、いまいちど思い起こそう。
 「交換にもとづく社会に対抗するのは、使用の優位性である。量に対抗するのは、質である。…住民が自動車道路の建設計画や都市の拡張計画に反対するとき、住民が『アメニティ施設』や遊びと出会いのための空き地を要求するとき、われわれは対抗空間がいかにして空間の現実にとり入れられるのかを知ることができる。対抗空間は、《眼》と《まなざし》に対抗し、量と均質性に対抗し、権力と権力の傲慢さに対抗し、『私的なもの』と企業の収益性の際限なき拡張に対抗し、専門化された空間と狭く限定された機能に対抗する」。(『空間の生産』青木書店、2000年、547頁)

公園現場担当者の声

公園を企業が私有化自由な居場所 つぶし

 園内に設置された屋台ほどの大きさの受付ブースには、管理担当者の中年男性1人と、高校生らしきスタッフが5人いて、受付や飲み物の販売をしていた。
現場担当者とデモ参加者に話をきいた。《編集部・村上》

《公園管理担当者》
 ―私たちは、大阪市パークマネジメントから依頼された会社=ベジサーフから委託され、公園をきれいにする(ゴミを無くす)ための慈善事業の一環としてやっています。給料は出ています。スタッフは、ネットでバイトの募集をかけて集めました。
 経営は赤字ですが、代表が宣伝効果を狙って請負いました。花見イベントにメディアが来れば、会社や『公園でバーベキュー企画』の宣伝になると踏んだのでしょう。しかし、警備員600万円、ゴミ処理500万円、設置費が数千万円かかっています。正直メリットなしです。
 『和ーベキュー』という名前は今回が初めてですが、『公園でバーベキュー』の企画は、過去にも複数の場所で開催しています。その実績が認められ、今回は大阪城を依頼されました。
 大阪城での企画は、5月6日までの予定です。現場は7~23時まで、疲弊しながらやっています。上は現場の人のことがわからないんですよ。私たちは、上に無駄なことをさせられているのです。市がうまく私たちを利用している。現場は犠牲者です。
 バーベキュー場は入場有料で、一応ポールで囲んでいますが、未払いで入ってきた人に対しても「出て行け」とは言っていません。

《抗議デモ参加者》
 公園を有料化したりポールで囲むことで、実際には自由なスペースがなくなっています。今は初めの段階であるから反発を招かないように規制が緩くても、前例を作ってしまえば、この「自由な居場所潰し」が全体に波及していくことになります。
 現に大阪城も、資本に占領され不自由なスペースが広がっています。たとえば、昔はスターバックスなどありませんでした。露店を出していたのです。それが公園の本来のありかたではないでしょうか。
 大阪は、観光客のための街になりつつあります。これでは住民が住めなくなってしまう。公園を有料化することは、払えない人が追い出されることです。
 今日のデモの参加者には、炊き出しや野宿者運動をしている人もいます。野宿者を職員や警察が強制排除しているのです。今日の参加者にも排除された人がいました。
 バーベキューのスタッフが積極的な追い出しはしませんが、自分の寝ている区域がポールで仕切られ、「有料」の看板が出され、スタッフが巡回していれば居づらくなり、結果的に追い出されます。仕事や家がない最後の場所としての公園が、金と権力に脅されています。
 花見客がいる中で強制排除すると露骨すぎて問題があるので、イベントが始まる前の2~3月に、市や警察が追い出したようです。
 ゴミは意識の問題です。アナウンスして、ゴミ捨場を設置し、回収すればいいのです。公園を企業が私有化しているほうが問題です。「花見」は営利と対極です。何もなくても誰でも楽しめる。「金がかかる楽しみ」であってはならないと思います。

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