<平成代替りを問う>連続講座 第II期 第1回「即位・大嘗祭」儀礼と政教分離との関係を問い直す――〈天皇教〉と戦後憲法


イベント詳細

  • 日付:
  • カテゴリ:

Pocket

3月24日(日)14:30開場 15:00~
会場:ピープルズ・プラン研究所会議室
参加費¥800
(問題提起)辻子 実(靖国参拝違憲訴訟の会)/北野 誉(反天皇制運動連絡会)/高橋寿臣(元靖国問題研究会・反天連OB)/天野恵一(PP研運営委員)/(司会)松井隆志(PP研編集委員)
主催:ピープルズ・プラン研究所
連絡: 電話: 03-6424-5748  Fax : 03-6426-5749 E-mail: ppsg@jca.apc.org
2018年の11月30日の誕生日記者会見で、秋篠宮は、大嘗祭は「皇室の行事として行われるもの」であり「ある意味の宗教色が強いもので」あるから「私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています」と発言した。それは、安倍政権以上に、憲法20条の政教分離原則をふまえた発言だ、という「護憲」派の積極的評価を、またもやうみだしている。「内廷費」とは、天皇・皇族の「私的費用」と位置づけられているお金であり、宗教的儀式であるとはいえ、皇室が私的にやるんだから、勝手でしょう(秋篠宮は、それは絶対やらなければならない儀式だとそこで強調している)、というわけだ。しかし「内廷費」も毎年、国税から支払われている巨額の費用である。「宮廷費」を公費とし、「内廷費」を私費と名付けているだけなのだ。
憲法「89条」には、「すべての皇室財産は、国に属する。すべての皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」とある。
こういう性格のお金は、世の常識では〈公費〉以外ではありえない。「国会の議決を経て」税金から支払われるお金を、わざわざ真反対の「私費」と呼んでみせるトリック。ここに〈象徴天皇教〉の秘密が隠されている。大嘗祭だけではない、すべての「即位」関連の儀式は、「現人神」天皇を御本尊とする〈天皇教〉の宗教(神道)儀式である。
憲法学者針生誠吉は1983年に刊行された著者(『国民主権と天皇制』〈共著〉)で、こう述べている。
「戦後(・・)、日本国憲法が制定されてからは、その20条、89条に定める、国家権力・国家財政と宗教の分離は、近代国家の基本的原則であり、常識的には、何も問題がないようにも一部では思われてきた。ところが特殊日本型現代においては異なる。たとえば、 今日(・・)、国有財産として皇室の用に供しているにすぎない皇居のなかに、つまり国有財産の上に、宮中三殿という神道、しかも皇室神道の中枢となる神殿が現在も存在している。これは国教分離の今日の憲法原則に抵触していないのか。そして、何人も違憲の問題を提起しない。提起しても今日の状況下ではもはや問題とされない。 将来(・・)、即位式に神道儀式が大量に導入され、しかも国事行為として行われる伏線は、すでに実は完成しているのである。宮中三殿のなかでも、賢所は天皇祭祀の場として、もともと宮中にあったが、歴代天皇をまつる皇霊殿、天地のやおよろずの神々をまつる神殿は、明治憲法体制の確立と同時期に宮中に新設されたものであり、皇居内に、このように整った形式の神殿を設けることは、『古代天皇制以来の伝統にはない近代天皇制国家の創案であり』明治天皇制の『新基軸』とされている(村上重良『天皇の祭祀』67頁)。つまり明治期における国家神道創出のための演出である」。
三十年前「昭和天皇Xデー」プロセスは、針生の予想通り、大量の神道儀式が事実上の「国事」(公的行為と名をかえ)として行われてしまった。
そして、今、「平成」の「代替り」で、それがくりかえされようとしている。
正面からの批判は「不敬」という「菊タブー」は、時代とともに強まってきた。しかし〈象徴天皇教〉のグロテスクな実態が露呈される、この「代替り」プロセスに、今度こそ、私たちは正面から批判の論理的言葉を投げつづけていかなければなるまい。
2016年8月8日のアキヒト天皇「生前退位」希望の〈ビデオ・メッセージ〉がつくりだした「天皇代替り」状況に抗して、〈「平成」代替りの政治を問う〉連続講座を持続してきた(9回)私たちは、新天皇の「即位」をにらんで、第II期をスタートさせる。

Pocket