沖縄・先島諸島現地取材(3)宮古島の自衛隊ミサイル基地建設

豊かな島を包囲する戦争施設 ゲート前で阻止する人々の声

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 南西諸島の「対中国」軍事要塞化。沖縄辺野古、石垣島と続いて最後に宮古島の現状と闘いを伝える。本紙に執筆を続ける清水早子さんに案内していただいた。宮古は沖縄島と石垣島の中間に位置し、人口5万2千人の美しい海の島だ。陸上自衛隊の基地は、すでに航空自衛隊のレーダー基地がある野原部落のすぐ横で工事が始まり、このままでは住民生活は基地に囲い込まれる。だが住民は辺野古と同じく毎朝建設中のゲート前に立って抗議・阻止行動を行っている。(編集部・園)

島を売り渡す宮古島市長

 宮古島でも防衛省が15年5月に計画を突然発表し、反対運動も相次いで発足。ゴルフ場「千代田カントリークラブ」を買い取り、まともな説明を一切行わない異常事態の中で工事を強行した。17年10月30日の開始から半年、ゴルフ場は完全な更地にされ、19年2月末には自衛隊ミサイル部隊の隊舎、宿舎、倉庫、保管庫、グラウンドなどの完成が目論まれている。凄まじいスピード工事で、辺野古ですら工事を休んだ大型連休中も毎日強行。もし完成したら、次はミサイルの持ち込みだ。

 毎日ゲート前で抗議・阻止行動を続ける清水さんに、まず概況を聞いた。
 「宮古島は戦中に3万人もの日本軍が駐留し、全島を要塞化しました。当時は爆撃や海上封鎖をされ、飢餓とマラリアで大勢が死にました。島の中央を占める航空自衛隊のレーダー基地は日本軍→米軍→自衛隊に引き渡されてきたものです。

 その近くには、韓国や宮古の女性たちが08年に建てた日本軍「慰安婦」の祈念碑があります。平坦な島で誰もがわかる場所に少なくとも16カ所も「慰安所」が作られ、朝鮮から連行された多くの女性が犠牲にされたからです。つまり、宮古島の自衛隊基地建設は、戦争を何も反省していません。

 下地市長は、数ある自治体市長の中でも『ザ・ワースト』。台風特別警報時も市長室で宴会し、公文書を改ざんし、島を軍隊に売り渡す安倍首相のコピーです。島中で軍事利用が疑われる施設建設や土地売却が進んでいます。でも宮古住民は、隣接する下地島空港の軍事利用化を止めてきた闘いの歴史があります。今回も私たちはすぐに立ち上がりました」

 陸自が建設中の「千代田ゲート前」は、宮古島空港から車で10分の近さだ。辺野古と同じく、土砂を積んだダンプが砂埃を上げながら大量に出入りする。宮古は山が無く、隆起サンゴ礁で作られた豊富な地下水を使用しているが、ダンプの洗浄で日々無駄使いし、地域の祈りの森も切り倒している。清水さんたちは、毎週月曜~土曜の朝8時から9時半まで(土曜日は9時から)マイクと横断幕で作業員や通行人にアピール抗議をしている。

 工事開始時は参加者が多く、数十人で予定地内に入って座り込み、工事を止めた。今も現場は警察がおらず警備が薄い。ただ、記者の参加時は参加者数人だった。

農業・地域を大事にする宮古島の人々

 ゲート前の人々に話を聞いた。メロン農家の仲里成繁さん・千代子さんは建設地の目の前に畑を持ち、畑は空自基地と陸自の工事に挟まれている。

畑の入口に基地反対の旗を出し続ける。まるで成田空港反対の三里塚だ。
 「毎日すごい騒音です。ミサイル戦争を行う『離島奪還作戦』は、住民が住んでいない戦闘が前提です。『国防』と言われても、私たちには無関係です。説明もせず、住民無視が甚だしい。工事の騒音も辛い。基地ができたら、豊年祭や農業の継承もできなくなります。市長に未来のビジョンが無いのです。

 基地への県外の関心は高まっていますが、宮古島や沖縄本島の関心がまだ足りない。市街地から少し離れているため、工事の急速さを知らない住民が多い。仲間が増えれば外に伝えられます」

 宮古織物事業協同組合の斉藤美喜さんも、「時間が無い。人が集まれば止められる。沖縄へ行く時などに、予定を加えてもっと集まってほしい」と呼びかける。

 宮古島市議会議員の上里樹さん(共産党)も、現場に駆けつける。

 「私たち議員がいくら工事の開示請求をしても、防衛局は『特例』で押し通します。事業計画そのものが完成していない。森友加計と同じ隠蔽です。宮古の基地問題はトランプ来日後に激化しました。宮古は今も戦中の不発弾が見つかりますが、工事を優先するために夜中に住民を避難させて処理をする。しかも12月24日のクリスマスイブ。食事や睡眠、生活の妨害です。

 私たちの親や祖父母はみな戦争に動員されました。家の隣には人間魚雷の犠牲者の墓があった。野原は戦争の最激戦地です。基地予定地にも墓があります。天然記念物も数多い。だから私は抗議に来ます。ここの1人は、人口比では辺野古の4~5人分です。狭い島社会、作業員には知人もおり、非正規労働で声をあげれば首になります。違う未来が必要です」

 清水さんは言う。
 「宮古も開発が進み、住民票を置かずに税金を払わなくてすむプチ移住者が激増しています。下地島では、リゾートホテルのすぐ横に大砲を積んだ海保の巡視船がある状態です。当然「有事」の際は観光客も産業も撤退します。矛盾する大開発と軍事要塞化が同時進行しているため、宮古の未来はどうなるのか見えなくて、とても不安です。みんなで話し合うことが必要です」

 開発と戦争だけの未来。これは辺野古・石垣と同じ課題であり、私たちヤマトが軍事基地を押しつける結果であり、また私たちにも共通した課題だ。辺野古の粘り強い阻止行動。石垣島、宮古島で反対する人々が農業と地域社会を大事にする姿。そこに未来がある。 

 (了)

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