刑務所を出たあとの生活再建

【オシテルヤン日記②】さまざまな人が交差する場所から コミュニティスペースオシテルヤ 中桐康介

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トラブル続きの仕事探し

 「吐いたつば、飲むわけにはいかんやろ!」─独特な言い回しで就労訓練への意欲を語る柴田さん(57)。カラオケでは矢沢永吉を熱唱し、「バリバリや!」が口癖で、大阪でも不良が多いと噂された(?)堺出身の、「自称バリバリの元ヤンキー」。

 柴田さんとの出会いは5年ほど前。刑務所を出た後の生活再建を支援してほしい、ということでした。柴田さんの犯した罪は、たばこ2箱の窃盗。前科2犯。生活に困窮して追い詰められた末の事件でした。

 アパートを借りての再出発が始まりました。当面の生活費を確保するために生活保護も利用しつつ、仕事探しにも意欲的で、ハローワークに通いました。就職はなかなか決まりませんでしたが、胃がんを患って全摘出している他は健康で、オシテルヤで取り組んでいる仕事づくり活動に参加して、日当を稼いでもらったりもしました。

 ある時、トラブルは起こりました。ポスティングの仕事に出かけた日のこと。いっしょに仕事に出かけたほかの労働者と口論になったのです。「なんやアイツ。わけのわからんことばっかり言いやがって!」─柴田さんによると、自分は一生懸命に仕事をしているのに、ペアになった相手の労働者がいちゃもんをつけてきた、といいます。どんな場面でどんなことを言われたのかを尋ねても、大きな声で相手の悪口をまくしたてるばかりで、要領を得ません。

 相手にも話を聞くと、ポスティングをするにあたって、どの地域に何枚配ったかをきちんと記録しておく必要があるので、柴田さんに枚数を尋ねたところ、「そんなん聞いてない」と言って教えてくれなかったのだ、といいます。それから柴田さんは、ポスティングの仕事には来なくなりました。

 お金にルーズで、生活費が足らなくて困っているようなことがしばしばありました。オシテルヤでの食事会で、ツケで食べてもらうこともありました。一度、生活費として3000円を貸したことがあります。返すと約束した日、柴田さんは現れませんでした。ぼくがあきらめて出かけたところ、オシテルヤの裏の路地をオシテルヤと違う方向に歩いている柴田さんを見かけました。声をかけると、おずおずと「あの、これ」と言って、3000円の入った封筒を渡してくれました。

 就職活動がうまくいかない柴田さんに、「職業適性検査」を受診することを提案しました。その検査結果を聞いて驚きました。ほとんどの数値で平均以下、それどころか中等度の知的障害が強く疑われる数値でした。

 彼が「わけのわからんことばっかり言いやがって」と言ったのは、本当にわけがわからなかったのだと、このとき初めて気がつきました。チラシの枚数を数えることの難しさも、仕事の現場での指示がわからなかったのも、知的障害が原因だったのです。

 その後、療育手帳を取得し、障害福祉サービスを利用することとなりました。仕事探しに関しては、障害のある人の就労を支援する事業所に通所して訓練を受けながら、長期的に取り組むことになりました。生活保護のケースワーカーから厳しい就労指導を受けることもなくなり、家計管理の支援により買い物はヘルパーが手伝い、お金に行き詰まることもなくなりました。

 知的障害は生まれついてのもの。適切な支援を受けられていれば違ったライフコースを歩むことができ、刑務所にも入らずに済んだのではないか。疑念は拭えません。これまで彼の支援にあたった生活保護のケースワーカーも刑務所の職員も、誰も柴田さんの障害を見つけることができなかったのは残念で仕方がありません。
 野宿している人や生活に困っている人の中には、柴田さんのように未診断の知的障害や発達障害を抱えた人が少なくないと思われます。生活困窮者の支援の現場では障害に対する理解や支援ノウハウの習得は不可欠です。

ひじをつついて「こっちやで」

 療育手帳の交付を受けてから半年後、大阪地方検察庁から連絡がありました。柴田さんがまたも窃盗事件を起こしていたのです。公判を経て、柴田さんは再び刑務所に入りました。公判ではぼくも証言台に立ち、「彼の更生のためには障害に対応した適切な支援を地域内で受け、一日も早く就職することがもっとも最善の策である」と訴えましたが、裁判官には伝わりませんでした。

 いま柴田さんは再び就労訓練の事業所に通い始めています。相変わらず金銭にルーズで、生活費を飲み干したり、お金を借りてトラブルになることもあります。注意されると職員に悪態やウソをついてごまかすということもあり、うちの職員もへきえきとしています。

 ですが、あの日に路地で見た、〝お金を返したい=善い行いをしたいという気持ちはあるけれども、返したくない気持ちもあって道に迷っている〟―。それが柴田さんの本当の姿なのだと思います。ちょっとひじをつついて、「こっちやで」と言ってあげるだけで、迷わず歩んでいけるのだと信じています。
オシテルヤヘルパーステーション

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