野宿の現場から俯瞰する日本社会当事者主体で「椅子取りゲーム」を変える

インタビュー:生活保護の削減・非正規労働・自立支援 生田武志さん(野宿者ネットワーク代表、反貧困ネットワーク大阪代表)

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86年から一貫して釜ヶ崎において野宿者支援に取り組む生田武志さん。「支援」に留まらず、人それぞれの生きづらさを大切にしながら、社会的矛盾を俯瞰する眼差しを持ち続けている。編集部では今回、生田さんに、(1)近年の野宿の現場の変容と当事者の変化、(2)生活保護問題と自立支援、(3)労働・雇用形態の根幹的な課題について伺った。

(編集部・ラボルテ)

観光客の目を気にする行政や警察難波や天王寺で野宿者を追い出し

―近年、野宿の現場はどのように変容しているのでしょうか。

 野宿者の数は減少しています。生活保護の利用が大きな理由です。他方で、精神疾患をもつ野宿者の比率が増えています。また、野宿者排除が進んでいて、最近では天王寺公園の入口付近にいた野宿者数十名が工事によって排除されました。心斎橋や難波などの繁華街で夜回りをしていると、行政や警察が「ここで寝たらあかんで」と声をかけ、寝られなくなっているという話をよく聞きます。観光客の目を気にしていることが理由でしょう。

 かつては、野宿者の数が多く、公園や道路にテント村があり、集団で過ごしていたため、行政側は大がかりな排除を行ってきました。対して僕たちは、テントのみんなに声をかけて、集団で行政交渉することが多かった。最近は、野宿の場所がバラバラになり、排除の事実や追われた野宿者の人たちがどこに行っているか実情そのものがつかみにくいのです。

―当事者の変化は。

 野宿者ネットワークで受ける相談からいうと、(1)若い世代が増えた、(2)ひとり親家庭の背景、(3)被虐待経験をもっている、(4)発達障害などを抱えている、など、主に4つの要素が交差する形の当事者が増えています。月3~4万円の奨学金返済で家賃が払えず、追い出しを受ける寸前の相談もあります。発達障害では、聴覚過敏によって働けず、住んでいるアパートの近隣の音が気になってしまって住めなくなってしまう、などがあります。

 しかし、振り返れば、僕が日雇労働をしていた時代にも、発達障害を抱える人は多かったのかも、とは思います。現場で誰とも話さない人とか、運転しながら延々と独り言を話すおっちゃんなど、多くいましたから。日雇労働は肉体労働で、現場も日々変わるので、あっている人も多かったのかもしれません。

―生活保護費の最大5%切り下げが昨年明らかとなりましたが…。

 「社会保障支出によって財政が圧迫されている」とされる中で、狙われたのが生活保護だと思います。先月に行われた反貧困ネット大阪の集会では、最貧困層にあわせて生活保護基準引き下げを行う問題が焦点になりました。

 この背景には、多くの人がもつ生活保護への偏見があると思います。基準引き下げの合理的理由は全然なくて、このままでは格差は拡大するばかりです。

自立支援に偏り 社会問題は放置

―貧困問題に対して、自立支援が標榜され、自治体などが事業化するケースも出ています。生田さんの評価は?

 自立支援の現場の多くは当事者に添って活動していると思うので、意義は否定できません。でも、貧困問題の対応が「自立支援」の方向にばかり流れていることに危機感をもっています。反貧困運動は、貧困問題を自己責任ではなく社会問題として可視化し、生活保護申請での行政の水際作戦を問題化し、大きな役割を果たしてきました。一方で、「当事者が主体となって、貧困をつくりだす社会構造や労働・雇用形態を変えていく」という段階にはいかなかった。

 「自立支援」は、野宿者やひきこもり、母子家庭をはじめとして、「困った人を周りの人々が支援します」というものです。でも、自立支援=就労支援で、就労だけが社会参加とされ、根っこの問題である、日本社会の労働・雇用形態のいびつさは放置されている。非正規雇用は増え続け、社会保障や企業福祉の恩恵が少なく、社会保険加入が難しいままです。

 それに、労基法違反の企業が放置され、長時間労働は改善されず、労働分配率も下がる一方です。正規・非正規ともに「使い捨て」にされる雇用劣化が進んでいます。そうした社会のあり方は変えないで、野宿者やひきこもり、母子家庭の人たちにだけ「社会復帰」の努力を求めるのは変な話です。

非正規は正規職より給料を上げよ

―現状の労働・雇用形態に対してどのように認識されているのでしょうか。 かつての日本社会は、「一億総中流」社会が謳われ、世帯としては生活がなんとかまわっていました。でも、その世帯は「男は正規雇用労働・女はパート労働と家事労働」というジェンダー規範で成り立っていました。一方、釜ヶ崎などでは餓死者や凍死者が止まらないという極限の貧困問題が延々と続いていました。

 いま、釜ヶ崎の日雇労働の問題や女性の不安定雇用の問題が全国化し、雇用される労働者の約4割が非正規になった。これは、日本の3分の1以上が釜ヶ崎になったようなものです。日雇労働者がそうだったように、いつ仕事がなくなるかわからず、歳をとったら給料上がるどころか仕事がなくなるという状態が一般化してしまいました。

 もちろん、非正規労働をみずから選ぶ人もいます。それは、「会社人間」や「社畜」といわれる、企業と私生活が一体化したような親世代の生き方ではなく、自分なりの生き方として非正規労働です。問題は、非正規労働は失業しやすい分、正社員より時給が高くあるべきなのに、なぜか日本の非正規労働は時給も安く、社会保障も手薄いのです。

人に投資をせず、格差を固定化
自分で自分の首を絞める日本

―処方箋はあるのでしょうか。

 根源的には「椅子取りゲームの社会」を変えなければいけません。資本主義の宿命として不況がいずれ来て、また「派遣切り」が大規模に繰り返される恐れがあります。非正規労働問題とジェンダー問題を踏まえた労働・雇用形態に対する処方箋として、オランダ・モデルが相対的に有効だと思っています。これは、男性正規労働者・企業・行政が「三方一両損」で協力して、パートナーとともに、中・短時間の正規労働をしながら、両者が家事や育児を行うというモデルです。

 「一億総中流」社会だった親の遺産で、非正規労働者の子の世代の生活が保たれている面があります。『21世紀の資本』(トマ・ピケティ)でもいわれていましたが、このままだと、次代には階級格差がさらに固定して再生産されていくと思っています。

 日本社会は人に投資をしなければ未来はなく、「子どもの貧困」が先進国では有数の深刻な状況にもかかわらず対策をせず、逆に子育て世帯の生活保護費の削減をやろうとしている。日本社会は、自分で自分の首を絞めにかかっているのかと思います。

困っている「国民」しか助けない差別

 最後に、日本社会は、阪神淡路大震災を契機に、「困っている人がいたら助けよう」という風潮ができ、2008年の「派遣切り」の時も多くの支援がありました。しかし、無意識に「困っている『国民』がいたら助けよう」という前提になっているのかもしれません。

 外国人住民や海外の人々が抱える問題には関心が薄く、難民問題には異常なまでに無関心です。在日朝鮮・韓国人に対する差別はいうまでもありません。生活保護も、外国人には権利でなく「準用」扱いになっています。この問題を解決していかなければいけないと思っています。

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