【2018新春インタビュー】後編 天皇崇拝の再生産ではなく自治的な連帯組織を

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前編よりつづく

田畑 稔(哲学者、季報『唯物論研究』編集長)

「反安倍を天皇に託す」民主主義の底の浅さ

 前編でも確認したように、いま、日本も世界も政治的思想的な対抗関係の配置が大きく、かつ複雑に変容しています。対抗運動の足場にも混乱が見られる。例えばリベラル系の市民や思想家の中にまるで「反安倍の思いを天皇に託す」ような発言をする人が見られるようになりました。

 象徴天皇制については昭和天皇が死んだ折、大阪哲学学校編『天皇制を哲学する』(三一書房、1987)を出し、私も「象徴と天皇―イデオロギー分析」を書いているので参照して下さい。内閣総理大臣も象徴天皇も、国家機構上の地位です。内閣総理大臣は日本国の最高の権力者ですが、曲がりなりにも民主制ですから、激しい政治闘争や言論闘争、選挙闘争や党内闘争を勝ち抜かないとそのポストに就けない。したがって当然、敵も多いし、野党やメディアから常に攻撃されている。

 ところが天皇は一切の競争を排除し、「生まれの偶然」で、つまり「たまたま」裕仁という人の最初の男の子としてこの世に「生まれこんだ」ということ「だけ」を理由に「国民統合の象徴」の地位に就く。天皇の地位には適性検査も就職試験も選挙も何もないし、「菊タブー」が深刻で、メディアも野党も天皇を批判しない。国民は私利や競争で相互反目するが、競争や反目を超越する天皇がその慈愛や祈りで「国民の統合(ユニティー)」を象徴する。これが象徴天皇のイデオロギー(観念学)的意味づけなのです。

 天皇、日の丸、君が代など、戦後日本の象徴は戦前戦中のままであって、民主主義日本を民主主義の否定が象徴しています。これは戦後日本の深刻な象徴問題なのです。政治闘争で劣勢だからといって「反安倍の思いを天皇に託す」などという思想性は日本の民主主義の底の浅さを示すもので、私などは率直に言えば聞くだけで気が重くなります。

 国家には自由な言論、諸政党や選挙、立法・司法・行政の制度、法体系、官僚機構、軍や警察機構だけでなく、「国民」としての「一体性の感情」を不断に再生産するメカニズムも不可欠です。

 しかし日本社会の現実は、天国と地獄ほどの貧富の格差を抱え、別世界のようなエリートとピープルの断絶を抱え、アイヌや琉球などの武力併合の歴史、植民地支配と侵略戦争の歴史、大破局と指導者の責任逃れの歴史を背負っています。

 だから「一体性」と言っても「擬制」にすぎません。マルクスの言葉では「幻想的共同性」なのです。これを再生産する役割を担うのが象徴天皇です。震災があれば被災者と膝を交える形でお見舞いし、沖縄の集団自決の場で犠牲者の霊に頭を下げる。天皇には憲法上「政治的権能」は一切拒まれていますが、そのことは象徴天皇の果たす政治的意味(「幻想的共同性」の再生産)の重大さを否定するものではありません。

 天皇の宗教行為は現在では「私事」に過ぎませんが、天皇は神道の神々の体系を祀る最高祭司でもある。宗教コスモロジー(宇宙観)として見れば日本国の神々と民(タミ)、生者と死者の両世界を媒介する位置にある。だから「犠牲者としての国家死」とだけではなく、軍人や兵士や靖国や皇道右翼など「勢力としての国家死」とも、もともと特別の絆で結ばれています。

 ただ戦後は「国家死」勢力との間に一定の距離を置くことが天皇一家の生き残り戦略でもあった。この面は昭和天皇より現天皇に一層強く確認できる。これは事実でしょう。しかし今後、集団的自衛権の行使によって海外でも戦闘する事態になったとき、「勢力としての国家死」と天皇との絆がどんな形で前景化してくるのかについても、注視しておくべきでしょう。

日本の戦後史の変遷と対抗運動の弱体化

 日本の戦後史をふりかえりますと、1945年の敗戦から60年安保闘争までの15年間は第1期といえます。戦争責任追及や日本の復興と進路をめぐって激しい闘争がありましたが、民主化と新憲法、象徴天皇制、対米従属、反共包囲網、最小限の自衛力保持という戦後政治の基本的枠組みが形成されました。

 60年安保闘争を切り抜けたあとが第2期です。長期の成長経済(前半は10%台、後半でも4%台)で社会編成や生活様式や欲求構造やメディアや交通体系に根本的な変容が生じます。総評・社会党を中核とする大衆的な対抗運動は賃上げ闘争、福祉優先、平和運動、自主外交などの主張を柱に再生産され、3分の1前後の議会勢力も確保していました。しかしこれとは別に疎外論、反公害、べ平連、学生反乱、反差別、フェミニズムなど「新しい社会運動」も活発化してきます。

 1990年前後に日本は戦後第3期に移ったと見てよいでしょう。ソ連崩壊=冷戦構造崩壊(91年)と重なるようにバブル経済の崩壊がありました。経済のグローバル化と新自由主義的再編が進み、長期不況に苦しみ、非正規雇用と新しい貧困の拡大、世代間人口構成の極端な不均衡と社会の高齢化、国際競争力の劣化、右翼ナショナリズムへの傾斜などが確認されます。

 古い対抗陣地の解体(84年国労解体、89年総評解散、94年小選挙区制導入)以後、日本における対抗運動の力が弱体化し、民主党政権の失敗はこの過程を大きく加速しました。若い世代による運動の困難という問題もかかえています。

ポジティブな実践と陣地形成を

 私には対抗運動再構築の問題で何かの提言を行うだけの能力も資格もありません。哲学畑の人間なりの若干の問題意識を語ることしかできませんが、まずは「労働の思想」でなく、労働を含む「生活の思想」、マルクスで言えば未完に終わっている「生活過程の思想」が問われています。

 職場での権力関係や労働条件にかかわる対抗を軽視するということではありません。そのためにも「生活の思想」が問われてくる。労働者運動ではコミュニティー・ユニオンや労働者協同組合が頑張っていますが、反戦・平和構築、反原発、エコロジー、フェミニズム、外国人労働者や障がい者運動、新しいライフスタイルの運動など社会運動の多様な展開は、資本主義との対抗が生活世界全体に及んでいるということでもあります。

 さらに大事なことは、体制を攻撃するだけで運動は完結しないということです。みずからのポジティブな対抗的実践と陣地形成も問われている。これも「生活の思想」の多様な展開と繋がっています。

 運動論や組織論では「アソシエーションの理論と実践」の自覚的深化が問われているでしょう。生活的、文化的、社会的、経済的、政治的な、実に多様な自治的連帯組織を自分たちの手で次々創出すること、選挙を含む直面する政治課題で行動調整を重ね地域ベースで連帯行動を組織すること、政策調整や経済調整、さらにはモラル調整へとアソシエーション間の調整能力を成熟させること、現在目指されているのはこういう過程でしょう。

 世界の見え方や世界への訴え方は当事者たちの社会的位置により(中心と周辺、経営側と労働者側、富裕層と貧困層、沖縄と本土、男と女など)、また当該思想が立脚する中心理論により、「パースペクティブ」的に制約されます。

 「アソシエートした知性」(マルクス)はこの多様性や対立を前提にし、自由な議論や合意形成や相互調整の能力として働きます。スターリニズムで強調された「一枚岩組織」では「パースペクティヴ」の違いにもとづく多様性は「嫌疑」や「取り締まり」の対象となってしまいました。結局、「収容所社会」を生むことになる。運動論と認識論は密に関係しているのです。

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