短歌を通じて生きるエールを

『White Pain』を上梓して

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 2013年12月24日、第一歌集『White Pain』(星雲社)を上梓した。短歌というと、一般の方々にはやや敷居の高い趣味だと感じられるかも知れない。しかし私は、難しいと思われがちな短歌を、なるべく平易な言葉遣いで創作した。何故なら私は、今まさに生きづらさを感じている人々、とりわけ現在私が携わっているセックスワークの仕事に従事している女性たちに、自分の短歌を届けたかったから。けれど、自分では平易な言葉遣いで創作したつもりの短歌も、普段短歌に縁のないセックスワーカーの仲間たちには難しかったようだ。そこで私は、今回縁あって人民新聞の紙上で短歌の連載をさせて頂くにあたり、「作品+解説」という形を取りたい。解説を加えることにより、様々な生きづらさを感じている多数の人々に私の短歌を理解して頂き、私の短歌を通じて「生きるエール」を贈ることが出来るなら望外の幸せだ。

春眠の記憶を残す足指をぱしゃぱしゃ洗い夏を迎える

 春眠とは文字通り、春の眠り。寒い冬を経た暖かい春は、心地良い眠りをもたらす、気だるい季節でもある。そんな気だるさを洗い流し、溌剌とした気持ちで夏を迎えたまさにその時、私は初めての恋人を得た。1996年夏、東京理科大学在学時のことである。彼との出会いは、当時アルバイトをしていたパチンコ店。以前から好意を抱いていた同僚の彼が店をクビになり、地元へ帰ることになった。そこで、これまでの感謝を込めて綴った手紙を彼に手渡したところ、思わぬ告白をされた。「付き合って欲しいんだけど」「うん、いいよ」。いま思い返せば気恥ずかしくなるほど甘い、青春ならではの愛の会話。店の寮に住んでいた彼は地元に帰るのを止めて、私の狭いマンションに転がり込んできた。初めての同棲。何だか自分が、急に大人になった気がした。同棲という未知の経験に私は舞いあがり、恋人に夢中になった。彼は24才、私は20歳だった。

暑がりなあなたの汗に触れるとき海が近づく 愛は波音

 恋人の汗に触れる、性愛の瞬間。直感的に、愛の交わりは海のようなものだと思った。海は、様々な生物を育む命の源。それは母性原理にも通じる。官能の海の波音を心身にくまなく浴びながら、私は愛し愛される悦びに浸っていた。青春の真っ只中に居たといってよい。後に書くことになるけれど、私はいわゆる「機能不全家庭」で育った。支配的な祖母の強い影響下から逃れたい一心で、大学進学を建前に地元を離れて東京で暮らす道を選んだのだ。自由な街で恋人と一緒に暮らして私はようやく、「確かな居場所」を得たと確信した。彼と家庭を築いて、幸せになりたい。すぐに私は、彼との結婚を意識した。まるで寄せては返す波のように繰り返される、性愛のさざ波。結婚が前提であったから、次第に私たちは避妊をすることを止めた。その後の自分にどんな運命そして試練が待ち受けているのか、恋の絶頂に居た当時の私は知るよしもなかった。

(雪森ゆかり)

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