ぷりずむ

痛みに対して謙虚でありたい

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 2カ月ほど前、突き指をした。自分で処置して1週間ほどでよくなったと思ったのだが、いまだに少し痛む。おそらくヒビでも入っていたのだろう。ふつうに動かしているぶんには痛まないし、医者に行って固定でもされたら、かえってめんどうだと思って、そのままにして過ごしている。

 骨がくっつくというのは、身体が勝手にやってくれることで、医者に行っても、くっつきやすいように固定してくれるだけで、医者が治してくれるわけではない。骨折にかぎらないと思うが、自分に不調があったとき、なんでもかんでも医者に判断をあずけてしまうというのは、政治を政治家とか官僚の判断にゆだねてしまうのといっしょで、よからぬことだろう。

 しかし一方で、自分の判断だけではわからないこともある。突き指はともかくとして、自分の身体のことで、自分の意識でつかめていることなんて、ごく一部にすぎない。不調があれば、その不調に耳を傾け、自分で勝手に判断しないで、他者の助けを借りるということも大事なのだと思う。

 痛みや不調は、あってはならないものではなくて、自分の鈍感な頭=意識に、サインを送ってくれているのかもしれないと思う。社会における「痛み」でも同じことが言えるだろう。痛みに対して謙虚でありたいと、まだかすかに痛む指でパソコンを打ちながら思う。

(K)

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