予防原則が欠落 遺伝影響を「ない」ことにする引用のカラクリ

学術会議「子どもの放射線被ばく」報告書批判②

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市民と科学者の内部被曝問題研究会会員 渡辺 悦司

「確認できないリスク」にどう対応するか?

 学術会議報告の最大の問題は、放射線防護における「予防原則」の基本精神が全く欠如していることだ。子どもを「放射線被曝から防護する」という基本的観点に欠け、子どもを「被曝させても影響がない」という方向性を、「科学」的外観の下に、欺瞞的にしかし露骨に、主張している。
 被曝の健康被害についての学術会議報告のキーワードは、「因果関係は判断できない」「確認されていない」「証明されていない」「証拠がない」「検証できない」「有意でない」等である。
 いま、仮にそうだと仮定しよう。その場合でも2つの選択が可能である。(1)予防原則に従って、「確認されていない」が「ある」可能性のあるリスクを回避し、被害を「予防」する方向で判断し、防護策を講じるか、(2)「確認されていない」リスクは「ない」ものと判断し、「被曝しても影響はない」と評価して、リスクの回避も防護手段も採る必要はないという方向をとるか、である。これはまさに決定的な分岐点だ。UNESCOは2005年に、(2)を採るよう勧告している。
 学術会議報告では、放射線防護研究者の「多数」の見解として以下の主張がなされる。「被ばく線量が少ない場合(福島原発事故の場合が示唆されている)、わずかなリスクの増加があったとしても、日常生活における被ばく量や他のリスクに比べて十分小さいのであれば、社会的に容認できる」「これ以上の防護方策を講じる緊急性は乏しい」と。
 学術会議報告は、2つの選択の中で、「未確認」リスクを無視する方向を選択し、子供たちの生命と健康を被曝リスクに曝し、子どもの基本的人権を踏みにじり、さらには、科学者としての最低の良心、社会生活において最低限守られるべき信義・誠実の原則にさえ悖(もと)る主張を展開する道に進んだ。

不誠実で欺瞞的な引用

 同じく深刻な問題は、文書が極めて不誠実で欺瞞的である点だ。
 学術会議報告は、端的に言って国際権威主義である。UNSCEARやICRPなどの報告書が「健康影響に関する科学的根拠」であるとして、真理の基準を、科学や科学研究それ自体ではなく、外的な権威に求めている。これは、科学のもつ客観性を頭からの否定するものだが、その前に、学術会議報告がUNSCEARなどの報告書でさえいかに不誠実に引用しているか、を指摘しなければならない。
 人間に対して遺伝性影響が「ある」か「ない」かは、根本問題である。学術会議報告は、UNSCEAR 2001年報告に依拠して次のように述べている。「原爆被爆者二世をはじめとして、多くの調査があるが、放射線被ばくに起因するヒトの遺伝性影響を示す証拠は報告されていない」と。引用はこれだけ。UNSCEARによれば遺伝性影響が「ない」かのように示唆している。
 元のUNSCEARの報告書はどうか。それにすぐ続けて、結論として次のように結んでいる。「しかし、植物や動物での実証研究で、放射線は遺伝性影響を誘発することが明確に示されている。ヒトがこの点で例外であることはなさそうである」と。
 つまり、UNSCEAR報告は、放射線の遺伝性影響は、動植物の場合と同様に、人間についても(「証拠は報告されてない」が)「ある」可能性が高いというのである。人間の遺伝性影響は「ない」を強く示唆する学術会議報告は、UNSCEARとまったく反対の評価をしているのである。

遺伝性影響の存在は実証されている

 しかも、この「放射線被ばくに起因するヒトの遺伝性影響を示す証拠は報告されていない」という評価は、明らかに誤りである。
 学術会議報告自体が、この評価を述べたすぐ後に、それにまったく反する形で「臓器の奇形発生」「生後の精神発達遅滞」「小頭症」を遺伝性影響の具体的形態として挙げている。
 欧米で一般的に使われている大学の教科書、リッピンコット・シリーズの『放射線医・技師のための放射線生物学』(英文)を見てみよう。それによれば、母胎内で被爆して出生した被爆2世の調査は、小頭症と知的障害(精神発達遅滞)について、放射線影響を明確に認めているだけでなく、小頭症についてはしきい値がない(低線量でも発症が被曝量に比例する)可能性が高いことを指摘している。
  同書は、医療被曝した患者の事後研究によって、上の2例に加えて、さらに二分脊椎、両側内反足(足の奇形)、頭蓋骨の形成異常、上肢(腕)奇形、水頭症、頭皮脱毛症、斜視、先天性失明など、多くの先天性異常が報告されている、と明確に記載している。

UNSCEAR・ICRPも認める遺伝的影響

 国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告は、放射線の遺伝性影響の存在を「明確に」(同勧告自体の言葉)認めている。同勧告は、遺伝性のリスクを1万人・Svあたり20例、うち致死性を16例、非致死性(つまり生児出産)を4例と推計し明記している。これは、低線量での補正係数(DDREF=2)の下での数字なので、低線量での遺伝性影響である。学術会議報告は、この点は沈黙している。
 このように、国際機関の評価によれば、遺伝性影響のリスクは決してゼロではない。学術会議報告が試みている「ヒトでは遺伝性影響がない」という議論の方向付けは、報告が「科学的根拠」と称する国際機関の見解に反する。
 もちろん、これら国際機関のリスクモデルには大きな過小評価がある。欧州放射線リスク委員会(ECRR)によれば、遺伝性影響の分野ではとくに大きく、2000分の1から700分の1程度の過小評価があるとされる。
 放射線被曝には、精子・卵子への影響、精子数の低下、先天性遺伝子異常、受胎数・妊娠数の減少、流産・死産の増加、それらの結果としての出生数の低下などの広範な影響が知られているが、国際機関も学術会議報告も無視している。
 2016年1月に発表されたインゲ・シュミット=フォイエルハーゲ氏らの論文は衝撃的だ。チェルノブイリ事故の遺伝性影響を調査したデータを総合すると、全ての先天性異常を合わせた異常発生率は、積算10mSv程の被曝で2倍に増加。それ以上の線量では反対に発生率は減少し(受精・受胎率低下、流産など)、線型モデルには合致しない。これによって、今まで低線量での遺伝性影響が「証明されない」「有意ではない」などと誤って判断されてきた、と批判している。(続く)

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