工業型農業と対決し根源的な社会変革を要求

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世界に広がる「アグロエコロジー」とは?

 

オルター・トレード・ジャパン政策室室長 印鑰 智哉

 今、アグロエコロジー運動が世界でメインストリームに現れ始めた。アグロエコロジー運動とは何なのか? なかなか一言で語るのは困難だ。まず、つまらない定義から始めるのはやめて、その動きをざっと見てみよう。
 アグロエコロジー運動が最初に大規模に展開されたのはラテンアメリカであり、キューバやブラジルがその中心だ。その特徴は底辺からの民衆運動であり、社会を巻き込み、政治を動かす運動となっている。すでにラテンアメリカの多くの政府が、このアグロエコロジーを政策として採用するに至っている。
 たとえばエクアドルでは、「農業生物多様性、種子、アグロエコロジー有機法」が作られ、ニカラグアでは「アグロエコロジーと有機生産の供給法」、ブラジルでは「アグロエコロジーと有機生産物のための全国計画」が政策として採用されており、ボリビア、ベネズエラの各国政府でも同種の政策が展開されつつある。
 こうした政府の政策の背景には、大きな民衆運動の動きがあった。ブラジルの農地改革の先頭に立つMST(土地なし地方労働者運動)はまた、このアグロエコロジーを旗印に活動してきた。世界最大の小農民運動組織であるラ・ビア・カンペシーナは、アグロエコロジーの国際化に大きな貢献をしている。その動きは農民運動を越えて、環境運動などをもまきこんでいる。
 アフリカでもアグロエコロジーは急速に広まり、社会運動の大きな旗印になりつつある。そして、その動きはインドやフィリピンでも大きくなりつつある。
 しかし、アグロエコロジーの動きは南の世界に留まらない。英国はいち早く、このアグロエコロジー運動の意義に着目し、すでに2011年に英国でのアグロエコロジーの政策実現に向けて、議員連盟が発足している。EUの農業大国フランスもまた、このアグロエコロジーの意義を認め、2014年に農業未来法を制定し、国内の農業政策にアグロエコロジーを取り入れた。
 ヨーロッパの農民組織も、このアグロエコロジー運動の意義を認めて、EUのヨーロッパ共通農業政策にその採用を働きかけ、国際的な有機農業運動団体のIFOAMもアグロエコロジーの推進を決定している。農民運動だけではない。国際的な環境団体もその環境保護に持つ意義を認め、その推進に本腰を入れている。
 同年9月にローマで国連食糧農業機関(FAO)が主催する国際シンポジウムが開かれ、「アグロエコロジーこそが現在の食料問題、環境問題への解決策である」として、FAOが国際的に普及に乗り出すことが決定され、それ以降、世界各地でFAOはアグロエコロジーの地域シンポジウムを行うようになった。アジア地域でも2015年のタイ、今年の中国と、2回開催されている。

エコロジーの原則を農業生産に適用する

 食や環境をテーマとしたニュースの中で「アグロエコロジー」の言葉を見ない日はないほど、このアグロエコロジーは一気に世界の表舞台に出てくることになった。
 さて、いったい世界を席巻しているアグロエコロジーとは、いったい何なのか? 日本語で表現してみろと言われそうだが、直訳すると農業生態学あるいは農的生態学だろうか、英語を漢語で表記しても、なかなか理解が進まない。
 先取りしておおまかなイメージを言っておけば、環境運動というジャンルに匹敵する「食の運動(Food Movement)」が世界で生まれつつあり、その食の運動を支えるビジョンかつ実践がアグロエコロジー、と言っておけばいいかもしれない。
 その特徴は、科学と実践と社会運動の3つが結びついたものであり、また、底辺の民衆による食のシステムの変革運動であり、根源的な社会変革を要求するものであることだ。
 アグロエコロジーのもっともシンプルな定義は、「エコロジーの原則を農業生産に適用するもの」である。農業生態学という訳語でも明かなように、アグロエコロジーはまず学問・科学である。しかし、学問としてみても、アグロエコロジーはかなり異端な存在になるだろう。人類学から生物学、経済学、社会学など広い学問の学際的な領域を扱うだけでなく、現実に介入する。民衆運動にコミットし、そして政治にも介入する。
 アグロエコロジーは、象牙の塔に籠もることはできない。なぜならば、その本質からして、農業実践と深く結びついている。そして、実際に戦後世界的に推進されてきた農業の工業化に抗することなく、エコロジーの原則を農業生産に適用することはできないから、アグロエコロジーは工業型農業を推進する政治に対して介入することを厭わない。
 キューバでもブラジルでも、こうした工業型農業による破壊あるいは対決の中からアグロエコロジーは生まれてきた。これほどアグロエコロジーが世界に拡大した背景には、工業型農業による危機が世界で深刻になっていることがあることを確認する必要がある。次回はこの危機を確認し、アグロエコロジーがどのようにその危機を乗り越えるものなのかを見たい。

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