【連載 移住労働者から見た日本】外国人労働者でジェンダー問題を下請的に解決

国家戦略特区ではじまる「家事労働者受け入れ」

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インタビュー:ヒューライツ大阪研究員 藤本伸樹さん

 連載「外国人労働者問題」第2弾は、藤本伸樹さん(ヒューライツ大阪研究員)のインタビューだ。1.支援活動に携わるきっかけ、2.80年代末〜90年代に急増したフィリピン人「エンターテイナー」たちの変遷と現況、3.海外からの「家事労働者受け入れ」について聞いた。表面的には「一つの政治・社会問題」に見えても、「他の政治・社会問題」と関連している。日本社会が抱える構造的矛盾に迫りたい。 

(編集部・ラボルテ)

—支援活動に携わるようになったきっかけは?
藤本:マルコス独裁政権を倒したフィリピン民衆革命(86年)がきっかけです。日本のテレビで臨場感あふれる衛星中継が行われ、リアルタイムで情勢を知ることができました。その1年後、私は「実際に見てみたい」という想いから、初めてフィリピンへ向かいました。マニラ、そして地方都市で目に飛び込んできたのは、たくさんの労働争議でした。不当解雇など不当労働行為に抗議する工場やデパートの若い労働者たちが、路上にテントを張って泊まり込み闘争をしている光景に幾度も出くわしたのです。問題は山積しているのだろうけれど、民主主義社会へ移行しているようすを肌で感じました。
 フィリピンは、外貨獲得と失業者対策としてマルコス政権時代から「海外就労」を国策としていたことから、たまたま訪問した海外雇用庁(POEA)のビルに外国に仕事を求める多数の男女が手続きに来ている光景に驚いたものです。「日本に働きに来ているフィリピンの人々が、どのような生活をしているのか」と、気にしながら帰国しました。
 そんな矢先、人づてに横浜・寿町にフィリピンから男性労働者がたくさん来ており、建設現場や横浜港で荷役の日雇い仕事に就いているものの、厳しい労働環境に置かれていることを耳にしました。

ドヤ住み込みの支援活動

 私は、さっそく寿町に行き、フィリピン人が滞在しているドヤ(簡易宿泊所)を訪ねて話を聞きました。オーバーステイしながら働く彼らは、賃金不払いや労災揉み消し、飯場での暴力被害などに直面しながら、相談相手もなく、無権利状態に置かれていました。  ほどなく、寿日雇労働者組合(寿日労)、宗教者などと一緒に、「カラバオの会」(寿・外国人出稼ぎ労働者と連帯する会)の結成に加わり、支援を開始しました。87年5月のことでした。私は、フィリピン人たちが多く滞在するドヤのひとつに部屋を借りて、しばらく彼らと一緒に建設現場で日雇仕事をしながら、労働相談を受け、被害を受けた労働者を連れて、寿日労のメンバーと一緒にひどい扱いをした建設会社や飯場に交渉に繰り出しました。ちょうどバブル経済に入り始めたところで、ダンサーや歌手など「エンターテイナー」として来日するフィリピン人女性が急増している時期でした。

「エンターテイナー」たちのいま

—エンターテイナーだったフィリピン人女性たちが壮年期を迎えはじめました。彼女たちの変遷は?
藤本:一概には言えませんが、多くの「エンターテイナー」の女性たちは、日本人との結婚・出産を経て、日本社会に定住しました。しかし、DV被害や離婚を経験する人も多く、シングルマザーとして働きながら故郷の家族に仕送りする、といった生活を送っているのが、特徴のひとつだといえます。
 2005年以降、「エンターテイナー」の来日者数は、入国管理局による規制強化により激減しました。興行ビザが国際社会から「人身売買の温床である」と非難を受けたのです。
 近年、日本社会は高齢化が進み、介護労働者の確保が喫緊の課題となっています。日本人労働者だけでは追いつかないなか、介護に従事する「外国人材の活用」が政府レベルでも論じられています。そうしたなか、壮年期に達した多くの在日フィリピン人女性たちが、介護ヘルパーの資格を取り、介護の仕事に就いています。しかし、雇用形態は非正規で、労働条件もよくないと聞いています。

特例で家事労働者受け入れへ

—安倍政権が現在、海外からの「家事労働者受け入れ」を進めています。具体的には?
藤本:『日本再興戦略』改訂2014」に基づき、国家戦略特別区域法の改定(2015年7月)を通じて、家事・育児に追われる女性たちの「活躍推進」を目的に、外国から家事支援人材と呼ぶ家事労働者を国家戦略特区において受け入れることを決めました。入国管理法は外国からの家事労働者が日本人家庭で働くことを認めていませんが、特区法により特例を設けるというものです。まず、東京圏特区の神奈川県と関西圏特区の大阪府が今年から受け入れを開始します。メディアによると、神奈川ではパソナやダスキン、ベアーズなどの家事代行サービス会社8社ほどが参入する見込みです。

家庭という「密室」での労働 深刻な人権侵害の懸念

問題点として、(1)女性の活躍支援のために、なぜ外国から家事支援人材を受け入れるのか? (2)夫も家事の担い手になるという考えを抜きにして、外国人女性を使うのか?(3)使い捨ての低賃金労働者として期待しているだけではないのか? との疑問が湧きます。日本社会の抱えるジェンダー問題を、下請け的に解決しようとしているのではないでしょうか。
 特区では、家事労働者は、家事代行会社にフルタイムで直接雇用されたうえで利用者宅に派遣される、という方法で、3年を限度に就労します。「家事使用人」という職種は、労働基準法の適用除外になっていますが、今回の家事支援人材は適用対象となります。利用者宅への住み込みは認められていません。シンガポールや中東諸国で頻繁に起きている、住み込みの家事労働者への酷使や性的虐待など深刻な人権侵害を意識しての方針なのでしょう。
 しかし、家事労働はそもそも家庭という「密室」で行われる仕事であること、外国人技能実習制度で積年の問題となってきた雇用者や斡旋業者による賃金からの不透明な天引き、保証金やペナルティが科されないよう監視していくための態勢が十分に整備されていないことなど、懸念すべき課題が多々存在します。

最低賃金適用除外のおそれも

 現時点では、労基法が適用され、最低賃金が保障されることになっていますが、なにしろ規制緩和を掲げる特区構想であるだけに、最低賃金の適用をなくそうという声が強くなってくるかもしれません。実際、参入を計画している家事代行サービスの大手が「最低賃金の適用除外」を求めたという報道もあります。

—家事労働の業務に関する問題点は
藤本:まず、「家事」の定義そのものが曖昧で、以下のような裾野が広い業務になっています。(1)炊事、(2)洗濯、(3)掃除、(4)買い物、(5)児童の日常生活の世話および必要な保護(前号と次号とを併せて実施されるものに限る)、(6)前各号に加えて、家庭において日常生活を営むのに必要な行為、とされています。
 つまり、炊事、洗濯、掃除、買い物という一般的な家事の延長線上で、赤ちゃんを含む子どもの育児に関わること、それに高齢者への支援も業務に含まれることになります。「児童の世話や保護」については、子どもの送迎などはOKだけれど、保育所などでの保育の代替としての業務は認められないとしています。
 また、「要介護者の高齢者を含む家庭での家事支援サービスの提供」がOKとされています。ただし、入浴、排せつ、食事など介護保険にも関わる身体介護の提供は禁じられている一方、高齢者の食卓への移動の手助けや外出時の付き添い、衣服の準備や着替えの手伝いなどは可とされています。
 サービスの利用者が求めることは、家族が日常生活を営むのに必要ないわば「切れ目のないサービス」です。認められないサービスにつながるグレイゾーンの業務が家庭という密室で求められる可能性もあります。もしその結果、事故につながったとき、家事労働者が責任を問われることになりかねません。

介護分野でも急拡大する外国人労働者

—外国人労働者問題の今後は?
藤本:現在、人権侵害の温床となっている外国人技能実習制度に介護分野を加える準備が進められています。中国に加えて、フィリピンやベトナム、ミャンマーなどから、技能実習生として介護に従事する人が来日することでしょう。それに先立ち、日本人男性とフィリピン人女性とのあいだに生まれた婚外子であるいわゆるJFC(ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン)が、改正国籍法の施行後の2009年以来、母親とともにたくさん来日し、介護施設で働くようになりました。しかし、斡旋ブローカーによる搾取の対象となっています。
 そのような現状を踏まえて、今後もRINK(すべての外国人労働者とその家族の人権を守る関西ネットワーク)や移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)など外国人労働者支援のネットワークとともに、実態やモニタリング、政府への働きかけを行っていきたいと考えています。

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