【文化欄 Iターンするひとびと】 (5)やまはる農園 山下順・淑子さん 聞き手 編集部 矢板 進

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街と農村を感覚でつなぐ都市近郊農業 自給自足を目指して

半農半X 口コミ・マルシェで顧客拡大

 育てた野菜を顧客に週2回配送してまわる。現在90軒ものお客さんがいるそうで、農家が売り先を自分で確保できるならそれに越したことはない。どうやったらそんなにも増やせるのだろうと、その件数の多さに驚かされる。「ちょっと増えすぎた」と語る順さんと淑子さん、おふたりの話を聞いていて、その魅力がわかるような気がした。順さんの「農家の役割」についての考え方は独創的で、印象に残るものだった。


 やまはる農園の順さんは宝塚市出身。実家は牧師さん。もともと森や自然のなかで遊ぶのが好きだったという。大学卒業後アジア旅行などをしてふらふらしていたときに農業を面白そうだと感じ、たまたま塩見直紀さんの『半農半X』の本を手にとった。塩見さんの本に感銘を受け、すぐに研修先などを紹介してもらおうと塩見さんの元を訪ねる。


 もらったアドバイスは、感覚の合う人に教わらないと入ってこないということだった。それを聞いたときに現在能勢で農産加工品などを作っている「べじたぶるぱーく」の植田さんを思い出し、連絡をとった。植田さんが研修を受けたのが尾崎零さんだった。尾崎さんのもとで1年間の研修を終えたときに、ちょうど農地の話が入ってきて、独立し農園を開いた。


 淑子さんは大阪市内の出身。芸大卒で洋画を専攻。農業と出会ったのは、山梨県白州にあった「身体気象農場」という農業を通したダンス(舞踏)や身体づくりを目的としてやっているところで、独特の考えをもっているところだった。ヨーロッパのダンスは、重力から放たれて一本になって踊るというイメージがあるが、日本の踊りの「舞踏」には、大地から立ちあがれないというところから始まっているという。


 夏休みの度にそこに行き、大学卒業後も2年間そこにいて農業生活や舞台美術の手伝いをしていた。その後、後輩のカフェを10年間手伝った。最後のチャンスと思い、よつ葉農業塾で学んだ。


 配達先のお客さんは一般家庭や飲食店など、地元能勢や大阪市内までを週2回は配達している。100軒近くなったこともあったが、増えすぎて手がまわらなくなったと順さんは言う。最初は10軒程度であったが、口コミやマルシェなどでここまで拡がった。


 「お客さんとは、立場が違ってもお互いに話して解り合えるような関係でないと難しい。そうでないと、野菜も上手に使ってもらえない。そのようなやりとりが楽しいし、励みにもなっている。畑作業だけだったら、続いていないんじゃないかな」。


 そのように語る順さんにとって、都市近郊農業は独特の意味をもっているようだ。それはとても謙虚でありながら可能性を感じるものだった。

家庭菜園の「畑担当」として農家の役割


 「大きめの家庭菜園という感覚。お客さんの『畑担当』みたいな。なるべく畑で得た感覚を書いて伝えるようにせなあかんと思ってる。街には街の人の感覚があって、配達に行って話をすると、ぼくにはない感覚と出会える。その交換が面白くて、ぼくはお客さんの多くある感覚のなかの畑担当だと思ってやっている」。


 街と農村を感覚でつなぐという発想が非常に面白い。


 感覚についての考え方は、淑子さんは少し違うようだ。


 「都会にいると季節を感じにくい。自分が何に生かされているかと考えたときに、自分が育てた野菜をすぐさま食べれる。それが明日の力になる。その循環がいい。生きてる実感がある。お米も自分の食べる分を作っている。なるべく自給自足にしたい。自分の食べるものに手をいれるというのが大事」と語る叔子さん。


 就農する前は、アジア旅行や音楽、フリーペーパーなどをよく読んでいたという。文化へのアンテナをもっている順さんと、芸大で洋画を専攻していて、いまも簡単なイラストなども描いているという淑子さんご夫婦のインタビューは、感覚を中心とした興味深い話で、おふたりの違いも魅力的だ。どちらのはなしも、農的な生活の可能性の大きさを感じられる。とても豊かな気持ちになったいい時間であった。

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