【民営化と教員イジメの深層】安倍官邸肝いりの民間試験導入 校長民間募集・評価制度導入で仲間意識崩壊 元高校英語教員/大阪教育合同労働組合 寺本 勉さんインタビュー

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ビックデータ握り 教育・受験産業を支配するベネッセ

 10月、大学入試への民間試験導入に対し、「公平性が確保されない」などの反対意見が噴出し、延期が決まった。英語民間試験は21年1月に実施予定の「新共通試験」の一環だ。国語と数学に記述式問題を3問ずつ導入し、採点は民間事業者のアルバイトに任せることも含まれている。萩生田文科大臣は「身の丈にあった試験を」と発言し、新試験が生徒間格差を広げること、格差は民間試験=教育民営化の必然であることが明確になった。
 

同月に神戸市の小学校では、教員間で激辛カレーを無理矢理食べさせるなどのいじめが発覚した。加害教師・学校・市の対応に批判が殺到し、背景に教員の超長時間労働などの職場荒廃があることも注目された。
 

こうした教育現場の改悪を進めてきた政治の責任について、元高校英語教員で「大阪教育合同労働組合」(教育合同)の寺本勉さんに話を聞いた。寺本さんは「教育民営化の中心は『ベネッセ』。現場への際限なき拡大と政府との癒着が問題だ。教員いじめは校長の民間募集や教員評価制度の導入による、教員間の平等性・仲間意識の崩壊が原因」と指摘した。 (聞き手:編集部・園)


61億円の 採点業務

 教育現場の問題は、外から見えにくくなっています。大阪教育大附属池田小学校殺傷事件(2001年)以降、学校警備が強まり閉ざされた影響がある、と言う人もいます。
 

新「大学入試共通テスト」で導入予定の記述式問題(国語)は、A〜Eの5段階評価ですが、採点の公平さが担保されず、自己採点も不正確。まず東京の筑波大附属駒場高校の生徒たちが反対の声をあげました。
 

またこの方式で採点の公平さを目指すと、条件をつけた定型的な問題しか作れません。「自由な発想」という記述式の趣旨に反し、出題する側の求める答えに合わせるしかなくなります。
 

私が採点した高校入試では、数人の採点者が全ての答案に目を通し、細かく採点基準を決めてから採点にとりかかりました。
 

採点基準にない回答が出てくれば、その都度相談して、もう一度全答案を見直す、採点者を変えて何回か採点するなど、膨大な手間をかけていました。それでも、内容よりは形式的なミスの減点を優先せざるを得ませんでした。「共通テスト」の採点は民間(ベネッセ)に丸投げされており、こうした手間をかけることは不可能でしょう。
 

民間の英語検定導入では、離島やへき地の高校生が不利になるとされ、東北地方からの受験生が多い東北大学などは民間試験を導入しないと決めていました。この判断が正しかったことになります。
 

新共通テストや英語民間試験導入の目的は、政府・文科省と癒着した「ベネッセ」の教材普及=利権です。採点業務は、61億円でベネッセが落札済みの巨大利権です。
 

いま受験産業、とくに予備校業界は冬の時代です。人口減や浪人を嫌う傾向に加え、半数以上が推薦やAO入試(学力試験を課さず、高校の成績や小論文、面接などで判断する入試)だからです。その中でベネッセは、高校に深く食い込んでいます。ベネッセの進研模試は、地方や進学者の少ない高校をはじめ多くの高校で実施されています。ベネッセは、「どの高校の/誰が/何で何点取り/どの大学に合格するか」というビッグデータを一手に入手でき、教育や受験産業全体を支配できます。
 

ベネッセ依存の 教育現場

またベネッセは、さまざまな教材も売っています。多忙な教師ほどそれを使いたがり、入試改革で導入されている『高校生のための学びの基礎診断』にも、同社の教材やテストが数多く認定されています。
 

高校から大学に提出する調査書について、文科省はeポートフォリオの導入を促していますが、それも同社の「JAPAN e-Portfolio」などが使われるでしょう。これは無料ですが、実際には有料版(リクルートの「スタディサプリ」とベネッセなどが運営する「Classi(クラッシー)」、生徒一人あたり数百円の負担)を用いて大学に提供されることになるでしょう。これも大きな利権です。
 

学校が「ベネッセ依存」・「ベネッセ管理」になります。まさに「公教育の民営化」です。民間試験導入は安倍官邸のきもいりでしたが、文科省幹部がベネッセに天下りしたり、大学入試改革にベネッセ関係者がかかわったりしています。
 

民営化の問題は、後戻りできないことです。市営の便利な路面電車は、利益優先で廃止されました。復活には、再開発した街にレールを敷くことが必要で、難しいでしょう。
 

かつては、実力テストを自分たちで作り、採点していました。しかし、教員がベネッセ教材に頼るようになれば、自分で何も作れなくなります。民営化の前に止めるべきです。
 

英語教育は今、過去の丸暗記の反動から、会話などの「コミュニケーション能力」重視になっています。しかし、日本で英語を使う機会は少なく、他国に出ても英語がネイティブではない人と話すことの方が多い。私は自国語でしっかり考え、話すことや、英文法の基礎などが先だと思います。
 

定型的な答えを増やす新共通テストや民間試験導入、「コミュニケーション能力」の強調には、若者の考える力や社会的知識を不要にしたい国の狙いもあるように思えます。

 

評価制度が教員いじめを生む

神戸の東須磨小に代表される「教員いじめ」の根本的原因は、教職員評価制度と教員間の序列付けの導入だと思います。民間校長の公募制が拍車をかけました。
 

まず民間校長の公募制ですが、教員で最も多忙なのは、教員をまとめる「教頭先生」でした。それでも頑張れたのは、将来校長になれるからです。しかし、校長を民間からも募集すると、苦労だけさせられ、校長にはなりづらいため、大阪市などでは教頭試験を受ける教員が激減しました。教頭試験受験者の指名、退職教頭の再雇用などで確保していますが、まとめ役の教頭の質も落ちました。
 

教職員評価制度とは、教員が自己申告票に年度目標を申告し、年度末に達成度を自己評価。それを校長が5段階で評価して、賃金やボーナスに反映される仕組みです。そのため、評価を気にして、あえて大変なクラスを受け持つ教員が減り、新任教員や転任者が担当することになって、クラス崩壊を招くケースが出てきています。
 

また、「校長・教頭以外はみな平等」という状況が、校長―教頭―首席―主任―平教員という序列付け、ヒエラルキーへと一変しました。校長は教員ヒエラルキーの上部の教員を味方につけ、若い教員を一本釣りで飲みに誘って自分の地位を固めるようになりました。みんなが校長という上を見て、自分のことだけ考える。かつては校長や教頭からのパワハラが主でしたが、今は教員どうしのヒエラルキー・競争によるいじめになったのはそこに原因があります。
 

神戸市は「神戸方式」と呼ばれる学校長の意向が強く働く人事異動ルールも影響しました(今回の事件への反省から、市は21年春から廃止する方針)。教員評価制度や民間校長の公募はただちになくすべきです。
 

維新の労組攻撃で職場崩壊

組合があれば対抗することもできたでしょうが、日教組の分裂と組合の弱体化、大阪維新の会による職場管理の強化、組合攻撃によって、教職員の自治的空間も崩壊してしまいました。私たちの組合へもパワハラ相談が本当に増えています。
 

教員の超長時間労働も大きな問題です。非正規教員の急増も、正規職との溝を広げました。現場からも声が上がっています。昨年以来、岐阜県の高校教員が改善の署名集めを始め、可視化されるようになりました。
 

これは70年代に作られた「給特法」が元凶です。賃金の4%の教職調整額を払うことで、無制限に残業を可能にしています。残業は「教員の自主的活動」との扱いです。国は正規教員の数も増やしませんでした。対案の「変形労働時間制度」も解決になりません。結局夏休みも出勤せざるをえなくなったり、育児や介護で労働時間を延長できない教員と残業せざるを得ない教員との間で、ねたみやいじめが悪化したりすることが考えられます。
 

長時間労働をなくすためには、正規教員を増やし、定時に帰れるようにすることです。まずは給特法をなくして、残業代や休日手当を払うべきです。このためには、問題を可視化して、世論形成が必要ですが、パワハラなどの訴えを一つずつとりあげて、組合に入ってもらい、組合員を守っていくことも重要です。

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